大陸戦線異聞
「この輸送機に乗せてる俺の機兵の主兵装なんだが、大砲以外にも色々と機能があってな。その中にフックフェーズってものがあるんだが・・・」
「フックフェーズ?」
「先端に鉤(かぎ)状の金具が取り付けられたワイヤーを撃ち出すモードだ。主に擱座(かくざ)した機兵や戦車を牽引したりするためのものだ」
「それが何だって言うのよ!」
「話を最後まで聞け。で、だ。俺はこのフックフェーズを使って、あの旅客機と同じような状態になった輸送機を『牽引』した事がある」
「えっと、それってつまり・・・」
「あの旅客機の上空から、エンジンが両方とも停止している方の翼にフックを撃ち込んで、不時着出来る所まで引っ張り上げ続ける事が出来るかも知れないって事だよ」
無線機からフィオナの声が響いた。
「もしかして、それって三年前の『クロノス号の奇跡』ですか?」
「・・・知ってるのか?」
「当然です!伝説ですよ!執政官と側近十二名を乗せて、午前十一時十二分にピースシティ空港を離陸、その二十分後にシンセミアのタイプB後期型隠密偵察機三機と遭遇して護衛機が応戦、二機を撃墜し一機を撤退させるもクロノス号のエンジンが被弾、それから二時間十五分後に偶然上空を通りがかった機兵キャリアが・・・」
「ああ、分かった分かった。お前さんの言うとおりだよ。あれを引っ張ったのは俺だ」
「ああ凄い!伝説のパイロットとお話出来るなんて!どうしよう私!?」
「あー、その話は無事に帰ってきた後でゆっくりとしよう。いいな?」
「そ、そうでした・・・すみません。私、こういう話になると夢中になっちゃって・・・」
しかしそれは危険な賭けでもあった。
大出力のスラスターを搭載した機兵といえども、旅客機を引き上げるとなると相当な負担となる上に速度も出にくい。さらに機兵の巡航速度に合わせると旅客機は急激に高度を落とし、最悪の場合失速してそのまま墜落という可能性もある。また、フックが無事に主翼に引っかかる可能性も未知数である。そのまま貫通し翼を破壊してしまったら・・・。
「乗客達と相談した上で決めてくれ。あまり時間は無いが」
男はそう言って無線機を女に渡し、操縦席の隅に座り込み、ジャケットの内ポケットからタバコを、
「ここは禁煙」
取り出そうとしたが、女に止められ渋々ポケットに再び突っ込んだ。その後女とフィオナは何か話していたようだったが、男は気に留める事もなく目を閉じ、壁に寄りかかって横になった。