大陸戦線異聞
「亡くなった父がパイロットだったから、飛行機が好きでね、あの子」
女は訥々と話し始めた。
「自分も父さんみたいなパイロットになるんだって、小さい頃からずっと言ってて・・・」
「操縦はその父親の見よう見まねか」
「父の操縦席の隣に居るのが好きだったわ。あの子が十一歳の時、隠れて一人でセスナを飛ばして大騒ぎになった事もあった。当の本人は町を二週してケロっとして帰ってきたけど」
「その経験が役に立ったというわけだ」
「ええ、でも・・・」
「墜落は時間の問題だな」
フィオナの説明によれば、四つあるエンジンのうち三つが停止した際に燃料も大量に漏れてしまい、また高度を維持するためにはその場で旋回する以外に手が無く、直進すると最寄りの空港にたどり着く前に墜落してしまうのだという。
「・・・」
女の焦燥と憔悴が秒刻みで目に見えて増していく。
「下が海だったら不時着という手もあったんだろうが・・・」
しかし眼下に広がるのは巨大な花崗岩の石柱が大都会の高層ビルのように密集、林立する不毛の大地である。石柱の間を縫って機体がまともな状態で不時着出来る望みは、無い。
「その写真、もしかして・・・」
「・・・そう。私とフィオナよ。あの子が寄宿舎に入る時に撮ったの。二年ぶりの帰省だったんだけどね・・・」
男は唐突に話を切り出した。
「妹さんの事は気の毒だが、仕事は仕事だ」
「えっ?」
「忘れたか?俺との契約だよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
女は思わず男に食って掛かったが、男は構わず冷酷な言葉を発した。
「あんたの私的な事情で到着を引き延ばされるわけにもいかないんだよ。こっちにもこっちの都合がある」
「う・・・」
無線機越しのフィオナも男に同調した。
「お姉ちゃん、私は大丈夫だから・・・お仕事、頑張ってよ」
「大丈夫なわけないでしょ!このままだとあんたは・・・あんたは!」
「ちょ、ちょっと難しいかも知れないけど、多分何とかなるよ。そ、それに・・・」
フィオナの声はうわずっていた。
「わ、私が・・・し、死ぬ所を・・・お、お姉ちゃんに聞かれたく・・・な、ないかなって・・・あ、あはは・・・」
それを聞いた女が、堰を切ったようにわっと泣き出した。そのやりとりに男の心も動かなかったわけではなかったが、戦場が日常にある人間だからなのか、「これだから女ってやつは」という諦観に近い感情の方が勝っていた。
「お、お願いよ!フィオナを助けてよ!誰でもいいからっ!うっ、ううっ!」
男が何も答えず黙っていると、女は男にしがみついて懇願した。
「あんた傭兵でしょ!?お金で何でもするんでしょ!?なら輸送費なんて要らないから、私の全財産もあげるから、何でもするから、あの子を・・・あの子を助け・・・助けて・・・うっ、ぐすっ・・・」
女のプロ意識の低さに少々うんざりしていた男だったが、女のこの言葉には無条件に反応した。
「本当に金は要らないんだな?」
「うん!何も要らない!フィオナが助かるなら何も要らないから!」
男は、言った。
「一つ方法がある」