大陸戦線異聞
翌朝は前日から一転して朝から薄曇りだった。
「契約書・・・と、手付けの200万だ」
男はそう言いながら、契約書と、はち切れんばかりの札束が詰まった封筒を机に置いた。換金すれば一世帯が10年は安穏と生活出来る額である。
本来であれば、軍用通貨は民間人にとってはただの紙切れでしかない。軍属が基地や軍事施設内で生活するために支給される限定通貨なのだから当然なのだが、戦争の長期化、慢性化によって規律は完全に形骸化しており、非合法の換金所は半ば統合政府から黙認されている状態となっていた。もちろん、この空港内にも換金所は数カ所あり、そのうちの一つはあろう事か空港を統括する執政官の親族が経営している有様である。
「どうも」
「数えなくていいのか?」
「機内でゆっくりやるわ」
「そうか」
荷物の搬入は既に始まっていた。
「予定より早く進みそうだが、離陸はいつ?」
台車の上に横たわる愛機がアトラースにゆっくりと呑み込まれていく。そんな光景を窓ガラス越しに眺めながら、男は尋ねた。
「昼食をとり終えたらすぐに飛ぶわ」
「了解」
倉庫の周囲には人垣が出来ていた。無理もない。このあたりはまだ戦場から遠く、機兵のような陸戦兵器は新聞の荒いモノクロ写真の中でしかお目にかかれない、非日常の象徴である。
男がプレハブの事務所から出てくると、数人の少年達が駆け寄ってきた。
「あの、この機兵のパイロットさんですか?」
「ああ、そうだが、何だ?」
男は怪訝な顔で少年達に答えた。
「い、一緒に、しゃ、写真を撮って下さい!」
男は少年達の意外な申し出に少々戸惑いの表情を滲ませたが、すぐに口元を緩め、記念写真の撮影に快く応じた。
「随分と気前が良いのね」
プレハブの事務所の出口に立っていた女は言った。
「殺伐とした職場なんでね。こういうやりとりに飢えてるのさ」
男は事も無げに言い返した。ほどなく空港のスタッフが、機兵と主兵装の搬入完了を報告してきた。
「いつでも飛べるわよ」
「じゃあ、早速頼む」