大陸戦線異聞
「機兵投下タイミングまで残り30秒!」
男が輸送機と旅客機それぞれに呼びかける。
「あの、さ・・・」
女が秘匿回線で機兵へ無線を繋いできた。当然今のフィオナには女の声は聞こえていない。
「なんだ?」
「もし・・・もし、あの子を助けられなかったら・・・その・・・」
「もう時間がない。言いたい事があるなら今のうちに言え!」
「もし、あの子を助けられなかったら、その時はこの輸送機も撃ち落として欲しいんだ」
「・・・は?お前何考えて・・・」
「あ、あの子を助けられなかったなんて事になったら、私だってもう、い、生き、生きてく意味・・・な、無い・・・」
「いちいち泣くなっ!失敗した時の事は考えるなっ!目の前の事に集中しろっ!」
「・・・ご、ごめん」
男の怒声はむしろ、自分自身に対するものだった。
「投下10秒前!」
通常回線に切り替えた男が声を張り上げる。
「・・・5、4、3、2、1、投下!」
無線機越しに女がレバーを引く音が軽く響いた。
「おいどうした!落ちないぞ!」
「ちょ、ちょっと待って・・・あ、あれ?仰角かなりきつめにとってるのに・・・」
機首が持ち上げられているのは男にも体感できていた。搬入用のハッチが全開状態なのもカメラの端で確認出来ているのだが、
「何かのボンベが台車のタイヤにはまり込んでやがる!」
おそらく、機首を持ち上げた時に転がりこんだのだろう。
「ちっ、仕方ねえ!」
男は右の操縦桿の天辺の丸いボタンに親指を乗せた。
「無理矢理出るぞ!衝撃に備えろ!」
言うと同時に男は右手に握った操縦桿を思い切り前に押し出し、それから僅かに時間をずらして親指のボタンを軽く押した。
機兵の各部に搭載されている姿勢制御用のスラスターがかんしゃく玉のような炸裂音を轟かせながら一斉に火を噴いた。薄暗い貨物室の壁、床、天井が瞬時に全面オレンジ色に染まり、機兵は滑り台を降りるように輸送機から飛び出した。
「システム、戦闘モードで緊急機動!オートブースト!」
男が叫ぶと正面のディスプレイに「OK」が表示され、その直後、機兵各部のスラスターが不規則に短く点火を繰り返し、機兵はものの数秒で進行方向に正面を向いた。
「フィオナ聞こえてるか!今お前の頭の上だ!10秒後にフックを撃ち込む!それまでにエンジンを吹かして機体を水平に保て!」
「はい!」
フィオナはスロットルを全開に押し込んだ。一つだけ残ったエンジンのタービン音がうなり声をあげ、あちこちの計器の数字がせわしなく変化し始める。
「機体、水平に・・・」
フィオナが報告しようとした瞬間、旅客機に衝撃が走った。
「な、なっ・・・!?」
「ああ、見えてた。どうやらうまく引っかかったようだな」
「も、もう撃ち込んだんですか!?」
客室から歓声と拍手が聞こえていた。
「ここからが正念場だ」
男は誰にともなく呟いた。