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VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝

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 ――奴が来る!!
 クルップが、全身に猛烈な殺気を感じとる。
 ――奴が来る!!
 その殺気から逃げようと、急いで機体を立たせる。
 ――まずは脚部ダンパーの格納! それから脚部関節ロックを解除して……早くしろ! 早くしろ!
 彼が、コンソールを操作しながら機体を再び移動できる形に持って行こうとしていた正にその瞬間。機体の敵接近警告音が、コックピット内に無機質に響いた。
 グラム機が、目の前にいた。
「ひっ、ひぃぃ!!」
 クルップは、まるで豚のような悲鳴を上げながら、右腕をグラム機に向かって振る。
 グラムは機体の左脚を蹴り上げ、ハイキックの体勢から、クルップ機の腕を膝で挟み、腕をロック。
 そのままグラムは、右脚だけで機体を跳躍させ、クルップ機の頭部へ膝蹴り。よろめくクルップ機の右腕を、挟んだ左脚で引っ張り、投げる。
 そしてグラムは、機体を空中で一回転させ、その回転エネルギーを右脚踵に乗せて、クルップ機のコックピットに踵落とし。
 クルップ機のコックピットは踵落としによって完全に潰れ、機体はまるで、でく人形のように地面にたたき付けられた。
 地面に激突して屑鉄となったクルップ機をその場に残し、去ってゆくグラム。行き先は市街地メインストリート。
 彼には、まだやるべき事が残っている。真の任務、カンパニア地区の武装解除。
 ファントムを、倒さなければならない。


*****************




 市街地メインストリート。
 そこは、グラムとファントムが、最初に遭遇し、戦闘した場所のすぐ近くだった。
 そのストリートは、両側を高い建物で囲まれていて、道幅は機動装甲が手足を振り回すには十分過ぎるほど広い。対決には最適の場所だ。
 グラムは、機体の足で砂を踏み締め、ストリートの真ん中に立ち止まる。
 吹き荒れる砂埃。日が登り、太陽が地面を照らしたせいで地面の温度が上がり、発生した上昇気流によって砂は舞い上がり、視界は2mも無い。
「待っていたぞ」
 突然無線に響く、ファントムの声。
 まるで予定していたかのように風が止み、砂埃が徐々に晴れていく。
 目線を上げる。100m程先に見える、巨躯の人影。太陽の光の下、照らし出されたファントムは、最早亡霊などではなく、闘いに望むただ一人の兵士だ。
「決着を着けよう」
 グラムはそう言って、機体の両腕を構える。
小細工は効かない。全力の打撃戦。手を抜けば、こちらが負ける。
 一瞬の後、双方が走り出す。砂塵を舞い上げながら、お互いに向かって。
 ファントムが跳ぶ。グラムは空中のファントムへ右正拳突き。一方ファントムは体を一回転させ、右脚を機体拳へ思いっ切り蹴り込む。
 衝突。凄まじい衝撃音と共にグラムの拳は弾き返され、同様に弾かれたファントムは、地面を両足で刔りながら止まる。
 と、同時に、グラムは機体を跳躍。空中で脚を振り上げ、ファントムへ踵落とし。
 しかしファントムは、後方へ跳ね、寸で回避。踵で地面が陥没する。
 グラムは立て続けに、地面を滑るような低さでローキック。そのローキックを後方宙返りで回避したファントムは、着地した場所の地面に右手を刺し入れ、何かを掴んだ。
 そして、一気に引っ張り出し、振り上げる。それは、直径1m長さ2m程の液体燃料タンクだった。
 地面を蹴り、タンクを前に構えて突撃するファントム。
 グラムは、衝突の寸前でタンクを蹴り上げ、ファントムごと宙に飛ばす。
 しかしそれは、ファントムの狙い通りだった。
 ファントムは、タンク上部に右腕超振動破砕装置を押し当てる。そして振動波を叩き込み、タンクを破裂させる。
 破裂したタンクから漏れ出たのは、可燃性液体にハイポリマー樹脂とマグネシウムの粉末を混ぜた、即席の液体爆薬だ。
 液体爆薬は、空中に均密度でばらまかれた。その形はすり鉢状で、その様子は正に――
 次の瞬間、グラムが機体をバックダッシュさせると同時に、ファントムは左手に持った手榴弾によって爆薬に火を点けた。
 液体爆薬が爆発する。
 目の前で巨大な火球が咲き、巨大な爆圧が周囲の空気を尽く一瞬で押し潰す。
 その様は正に、燃料気化爆弾だ。
「奴め、手製にしては手をかけすぎだ!」
 爆圧を避け、空中へ待避したグラム。だが、ファントムの姿は既に無い。
 背後に気配。素早く右足を背後に蹴り上げる。
 バックキックを喰らい、ファントムが吹き飛ぶ。だが、手応えは薄い。
 吹き飛んだファントムは、ビルの中階層にめり込んだ。
 その衝撃でビルが揺れ、コンクリートと鉄筋がつぶてとなって飛び散る。
 空中から着地したグラムは、すかさず、右腕ロケット弾の残弾全てを撃ち込んだ。
 残弾の無くなった70mm連装ロケットランチャが自動でパージされ、弾頭の高性能榴弾の爆発がビルをさらに打ち砕く。
 それでもファントムは、倒壊するビルの破片と砂塵を突き抜け、グラムの機体に殴り掛かる。
 それに応え、グラムも右正拳突き。
 だが、ファントムは身を翻し、拳を回避。空を切る右腕を踏み台にして跳び、機体の右肩に取り付く。
 ファントムが右腕を振り上げる。右手の、超振動破砕装置を打ち込む気だ。
 次の瞬間グラムは、側のビルに右肩でタックル。ファントムの取り付いた右肩をビルにめり込ませた。
 その時、機体センサーが異常を検知した。ファントムから電磁ノイズ検出、高エネルギー反応。
 グラムは咄嗟に機体を引き、距離を取る。しかし同時に、機体の右肩が砕けた。いや、正確には、何か超高速の質量物が右肩装甲を貫いた。
 ビルにめり込んだファントム。だが奴は、左手に巨大な拳銃を握っている。
 そうだ、あの時、初めの戦闘でも使われた拳銃。超小型のレールガン。
 機動装甲のアーマーを貫いているのだから、その活力は12メガジュール以上だ。
 だが、そのような虎の子を持ちながら、何故もっと使わない……?
 理由は二つ予想出来る。
 一つは、発射そのものに大きな時間が必要である。そして二つ目は、火器そのものに既に残弾が少なくなっている。
 だが、電磁ノイズを検出してから発射までのタイムは数秒だから、一つ目は除外できる。そうすると、答えは明白だ。
 ファントムが、左手に拳銃を持ったまま、めり込んだビルの壁面から抜け出し、地面に立つ。
 その様は今までとは打って変わり、非常に静かだ。だが同時にその姿は、魂の抜けた人形の様に見えた。
 ふと、グラムは感じる。
 奴と自分は似た者同士だと。過去に捕われた、浮世の亡霊だと。
 ファントムが、左手の拳銃を両手で構える。だが、引き金には指を掛けない。
 待っているのだ。自らが認めた戦士、グラム=ミラーズを。
 もう、機甲体術者も、ファントムも関係なかった。
「お互い……、因果な物だな」
 グラムはそう言うと、機体の左手で右腕を掴み、肩の付け根から先をパージ。パージした右腕を、こん棒の様に構える。
 ファントムが、引き金に指を掛ける。
 電磁加速飛翔体射出装置、出力最大。
 リミッター解除。
 最終ロック・リリース。
 その瞬間、都市の全てが、天か、地が、まるで固唾を呑むように、全ての音が掻き消えた。