VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝
グラムの機体が地面を蹴る。同時に、ファントムが引き金を引く。ファントムの両足が発射の反動で地面にめり込み、伝わった衝撃で砂塵が舞う。
撃ち出された徹甲弾。
刹那、二人の間の時間は、まるで引き延ばされたフィルムの様にスローで流れる。
徹甲弾がグラムに迫る。 左腕で“こん棒”を薙ぎ、徹甲弾を受ける。徹甲弾は右腕装甲を容易に貫通。こん棒代わりの右腕を徹甲弾が貫通し、頭部センサーアイを撃ち抜く。
モニター、ブラックアウト。だが、彼にはもう必要無い。
降り抜いた腕が、ファントムの胴体を捉え、吹き飛ばした。
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システム再起動。視覚調整、視覚回復。
システムエラー、躯体各所に損傷多数。
目が覚める。だが、自分は、まだ生きている。
目を覚ましたファントムが、半分ビルにめり込んだ形で地面に座り込んでいる。
自分は負けたのだ。
自分は、グラム機の右腕に薙ぎ倒され、吹き飛び、ビルに衝突して止まった。本来ならとっくに機能を停止しているはず。なのに……。
ファントムは、ゆっくりと頭を上げ、そこに立つグラム機を見上げた。
「なぜとどめを刺さない……」
そう問うファントムにグラムは答える。
「私の目的は、この都市の武装解除だ。あの連中とは違う」
「散々殺しておいでよく言う」
「生きる為だ。そして、仲間の為に」
グラムはそう言って、残った左手でファントムを掴み上げた。
「お前を連行する。絶対に死なせない。……お前は、ここで死んだ仲間を護っていたんだな?」
ファントムは言葉を返さない。だが、グラムには分かっていた。
ファントム達は、ここで死んだのだと。この都市に立て篭もり、最期まで戦った。弾薬も尽き、補給も無しに。彼を残し、死んでゆく仲間達。彼はその部品を使って、生きてきた。
「死なせない。お前は、死ぬべきじゃない」
そう言うグラムに、ファントムは小さく言った。
「……随分とぬるい、地獄の炎だな……」
その時だった。
「お取り混み中失礼します」
突然、Oscarからの通信。
「Oscar、一体今まで……」
「お叱りは後。それよりも30分前に、ファルコナーラ空軍基地から重爆撃機6機が離陸、こちらに向かっています。脱出を急がれた方がよろしいかと」
一瞬、グラムは不敵に微笑んだ。その表情は、どこかこの状況を楽しんでいる様に見えた。
「では、話は早い。街を出て行こう。急いでな」
Oscarは、グラムが聞こえない程小さい呟きを読み取った。
――生きよう。
グラムは機体のスラスターをチャージする。
レーダーに機影。重爆撃機6機。爆撃機は既に爆撃工程に入っている。
次の瞬間、都市の外れで巨大な火柱が上がった。爆撃が開始されたのだ。
「行こう」
何より、自分に言い聞かす。
推力を解放するスラスター。機体は、爆撃の爆炎散る、砕けゆく都市の中へ消えて行った。
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「大佐……!!」
電話から響いたエステルの声で、彼は目を覚ました。
暗い車内。路肩の街灯の光が差し込み、ここが、現実の世界である事を実感する。時計を見れば、ここに来てから10分も経っていなかった。彼はこのたった10分の間に、深く眠りこんでしまったのだ。
その間に、随分懐かしい夢を見た。それもやはり、あの言葉のせいだろうか。
「大佐」
「なんだ」
「お帰りが遅いので、すこし心配しました。明日は、ティック=スキンド大尉と、研修に出た人員が本部に帰還します。強制はしませんが、遅くなるのはお勧めできませんよ?」
冷たい、抑揚の無い口調のエステルに、グラムは答えた。
「了解。Romeo、帰還する」
「え……?」
不思議そうな、エステルの返事。グラムは苦笑い。
「すまん、なんでも――」
グラムがそう言いかけたその時、
「こちらOscar、了解。……待ってますよ」
そう言って切れる電話。
グラムは一瞬、目をぱちぱちとさせながら固まった。だがすぐに、彼は嬉しそうに小さく微笑んだ。
車をパーキングから出す。いつもより軽快にシフトレバーを操作する彼。
歩いてきた道筋は暗くとも、行き先は明るい。
グラムはそう感じながら、車を走らせた。
作品名:VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝 作家名:機動電介