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VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝

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 そうだ、これだ。この暴力性。
 ――出来るならもう一度……
 そう思った瞬間、彼女は機体を動かしていた。
 90mmをファントムに向けて構え、彼の元へ向かう。
「少佐!!」
 しかし次の瞬間、彼女は凍り付いた。
 おかしい。グラムが自分に砲口を向けている。
「え……?」
 気付いたワルメットとザウワーが、グラム機へ砲口を向ける。
「ぶち殺すぞ、貴様!」
 特にワルメットは、異常な程激昂している。
「少佐、一体どういう事……? どういうつもりよ!」
 体温が一気に下がったクレアにグラムが言う。
「最初に手を出したのは、9月24日。中央視察隊を装った部隊を送り込み、ファントムの抹殺を試みるも失敗。しかしお前たちの最大の失敗は、それが外部の人間。ケスティウス=ガルスに漏れた事だ」
 グラム以外全員の顔に、焦りの色が見えはじめた。
「偶然じゃない。なにかが動いている。まだ間に合う。手を引け」
 グラムがそう言った時。
「だから?」
「…なんだと?」
「あなたも一緒でしょう? ファントムを殺しに来た。私もあなたも、目的は一緒の筈よ」
 グラムが、クレアに答える。
「違うな。私の目的はカンパニアの“武装解除”。それに言った筈だ、お前は。『履いている靴が違う』とな」
 街が、しん……と静まる。
 一陣の風が吹き抜け、雲が切れ、朝日が昇る。
 夜が明ける。長かった夜が。
 その時、グラム機に押さえられていたファントムが、自身の右腕に内蔵された超振動破砕装置を起動させた。
 ファントムは、橋桁に穴を開けて拘束を解く。
 同時に、ワルメット達のトリガーに架かる指に力が入る。
 しかしそれよりも速く、グラムは跳躍で砲弾を回避する。
 クレア達が散開。
 クレアが叫ぶ。 
「ヴァルター! ファントムを!」
 ファントムを追うヴァルター。
「下がれ、クレア!」
 ワルメットはそう言いながら、上空のグラム機へ発砲。砲弾がグラム機を掠める。
 グラムが着地。
「野郎!」
「だめ、ワルメット!」
 クレアの制止を無視してワルメットがグラム機へ向かって跳ぶ。
 距離500。
 ワルメットが105mmを発砲。グラムはビルの壁際へ寄って回避。
「馬鹿め!」
 しめた、と言わんばかりに、ワルメットは砲を連射した。逃げ場の無い壁際。避けられる道理は……有った。
「何!?」
 跳躍したグラム機が、ビルの壁面を蹴ってさらに跳躍。綺麗な曲線を描きながら側転。
 グラムは空中で逆さの状態から70mmロケット弾をワルメットに連射。
 爆炎がワルメットの視界を奪う。
「ワルメット、上!!」
 クレアの声に導かれ、上空を見上げたワルメットだったが、グラム機は既に直上にいた。
 グラム機の踏み付け攻撃がクリーンヒットし、ワルメット機がよろける。
 立て続けに、右ハイキックがヒット。右足が地面に付く前に左ハイキック。左足が地面に付いた瞬間、腹への右膝蹴り。
 四連撃を喰らい、弾かれたワルメット機コックピットに、グラムは120mmAPFSDSを容赦無く叩き込んだ。



***************



 120mm劣化ウランAPFSDS弾の焼夷効果によって、炎を上げながら力無く崩れるワルメット機を、クレアは眼に焼き付けた。
 戦中、幾度も眼にしてきた見慣れた光景。それなのに、彼女の心は震えていた。
 ヘルファイヤーと喩えられる男、グラム=ミラーズ。その力は、常に敵へ向けられていた。しかし今はどうだ? ワルメットは、ものの一分足らずで殺された。自分は今、敵と味方、どっちだ? 
「ヴァルター! 聞こえているのか、ヴァルター!!」
 無線から響くクルップの声で、クレアは我に返った。
 一体どれだけ突っ立っていた? 今はもう分からない。
 思い出した様に90mmを構え直し、砲口を向ける。無論グラムの機体に。だがグラムは動じない。
 指が震える。同時に、砲口も目標に定まらない。
 「撃て!」というクルップの声。彼女は、トリガーに指を掛ける。が、指が、石の様に固い。
 再び、「撃て!」というクルップの声。
 ――撃ちたくない……。 再びクルップの声。
「……もう遅い。今ザウワーが死んだ」
 仲間が、またひとり死んだ。ファントムを追ったザウアーが。
 彼女は奥歯を噛み締め、叫びながらトリガーを引いた。90mmが火を噴き、砲弾が吐き出される。
 しばらくの射撃の後、ボルトがロック。90mmの弾が切れ、硝煙が立ち込める。
 硝煙の中に立つ、グラムの機体。
 彼女の撃った90mm弾は、一つもグラム機に当たらなかった。否、彼女は当てなかった。当てる事が出来なかった。
「どうして……」
 彼女はそよ風のような弱さで囁く。
「どうしてこんな事になってしまったの……?」
 砲口を下ろし、90mmを足元に捨てる。
「生きる為なら何でもしてきた……。同胞も撃って生きてきた。でもあなたは、私に戦う意味を教えてくれた……。あなたに会っていなかったら今の私は無かった。だから……あなたにだけは、あなたにだけは銃を向けたくなかった……!」
 二人の間を沈黙が隔てる。乾いた風が吹き抜け、砂塵が舞い上がる。
「……闘う意味など無い。殺される前に殺す。ただそれだけだ」
 グラムが、静かに言った。
「そう……、全部私の勘違い……か……」
 彼女はそう言って、単分子ナイフを抜く。
「終わりにしましょう。グラム……」
 彼女の声を聞いたクルップが、203mm対HMA中射程誘導砲弾の発射準備に入る。
 クレア機が地面を蹴る。ナイフを構え、グラムへ向かってゆく。
 これが彼女の選択だった。
 民族紛争の中、民族浄化という蛮行によって“彼女達”は産まれた。敵に犯されて出来た子と蔑まれながら、それでも彼女達、いや彼女は生きた。闘いが、彼女を支えた。闘いしか無かった。彼女達が生きるには、闘うしか無かったのだ。たとえ同胞を撃とうとも、仲間を撃とうとも。
 いま、彼女の想いは、一本のナイフの切っ先に込められている。それは、彼女自身の、闘いのフィナーレに他ならない。
 刃先が、グラムに迫る。左手でナイフを捌き、腕を掴む。そして……
 グラム機の右肘が、クレア機の腹にめり込む。コックピットは半壊し、クレアは下腹部から下を圧壊したコックピットによって潰されていた。
 それでもクレアは、まだ、眠らない。
 グラム機をしっかりと抱き、機体関節をロックする。機体重量を掛け、グラムの機体を地面に押し倒す。
 その衝撃で、彼女の胴体は下腹部からちぎれ、コックピット前部に投げ出される。だか、彼女は幸せだった。たとえ機体の装甲越しでも、唯一、愛した男の胸の上にいたのだから。彼を守って、死ねるのだから。
「クレア……」
 グラムは抵抗しなかった。これが、この瞬間を見守る事こそが、自分の勤めだと分かっていたからだ。
「やっと終われる。私の、戦争……」
 クレアがそう言った瞬間、クルップの放った対HMA中射程誘導砲弾が、グラム機を抱くクレア機の背中に落ちた。
 クレア機の四肢が、対装甲榴弾の爆風と共に四方へ飛び散る。
 爆炎と砂埃が晴れる。だがそこに、グラム機の姿は無い。グラムの機体はすでに、クルップの元へ突き進んでいた。