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VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝

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「来たぞ、奴だ」
 ワルメットの声に応えるように、グラムは軽野砲のポンプをスライドさせ、薬室にHEAT−MP弾を押し込んだ。
 目標が視認可能距離に接近。
 赤外線カメラでファントムを確認。距離1000m。シグネチャでロック。
 補整情報によって合成表示されるファントムは、暗闇の中にぽっかりと浮かんで見えた。
「少佐…!」
「まだだ。もっと引き付けろ」
 焦るクレアを抑えながら、グラムは戦略マップのコンソールを叩いた。
 仕掛けたIEDは2種類。
 IEDの効果はそれぞれ異なり、有効範囲もまた異なる。
 戦略マップにアウトプットされる複数の円、一つ目のIEDの有効範囲までは、自機前方500mの距離。
 ファントムは毎時5kmというゆっくりとしたスピードで歩いて来ているから、あと数百mで有効範囲内に入る。
 あと200m…150m…100m…
 しかしファントムは、有効範囲の手前十数mの所で突然停止。
 次の瞬間、ファントムは左手で抜いた拳銃をグラム機に向けた。
 ――気付かれたか…!
 高エネルギー反応、電磁ノイズ検出。
 回避運動。
 ファントムは拳銃を発砲。弾丸は機体頭上を擦過。 
「クレア!」
 考えるより早く、クレア達はトリガーを引いた。
 ワルメットが、先陣を切って105mm自動砲を発砲。
 ファントムはAPDSを回避。APDSはハイウェイの舗装と床版を貫通。
 クレアとザウワーが連射する90mm高速徹甲弾がハイウェイを砕いて退路を塞ぎ、同時にグラムが、一つ目のIEDを起爆。
 しかしファントムは、ハイウェイの橋桁下に設置された6基もの対装甲地雷の巨大な爆発を突き抜け、グラムへ迫る。
 その時、二つ目のIED…203mmフレシェット弾がハイウェイを挟む両側のビルで起爆した。
 9000本のタングステン製ダーツを両側からまともに浴び、一瞬動きを止めるファントム。
 そこへ、クルップの放った203mm榴弾が着弾。
 轟爆がハイウェイを吹き飛ばし、橋桁はファントムを巻き込んで崩れた。
「ワルメット、ザウワー! 炉に火を入れろ! 奴の破壊を確認する」
「だめだ、来るな!」
 突然、クレア達を制止するグラム。
「少佐?」
「こっちは…、まんまと手の内を明かしてしまった…!」
「え…!?」
「おびき出されたのは…我々の方だ!」
 グラムがそう言った次の瞬間、ファントムは数十tはあろうかという崩れた橋桁を悠然と持ち上げて瓦礫の中から再びその姿を現した。
 その姿はもはや、神話の世界に登場する神から授けられた怪力を振るう神々の子…いや、冥界の怪物…。
「化け物が…!!」
 クレアが90mmを連射。
 クレアとザウワーの応射も加わり、砲弾が橋桁を削り取ってゆく。
 その様を見ながら、グラムは心の隅で思う。
 ――部隊…
 ――最期の戦場…
 ――戦う理由…
 ――そうか奴は…
「ザウワー、ランサー!!」
 クレアに従い、ザウワーは多目的コンテナから取り出した肩上発射型対装甲ミサイルランチャーをファントムへ向け発射。
 ファントムは、持ち上げた橋桁を投げ付けてミサイルを迎撃。
 グラムが軽野砲を発砲。
 ファントムはHEAT−MP弾を跳躍で回避。
 着弾したHEAT−MP弾の爆炎を背に浴びながら、ブレードを抜いてグラムに肉迫。
 単分子ナイフを抜いてブレードをガード。
 火花を散らしながら、ブレードごとファントムを弾き、バックダッシュで距離をとってから、70mmロケット弾を連射。
 ファントムは身を捻ってロケット弾を回避し、右手に持ったままのブレードをグラム機頭部に向かって投擲。
 機体頭部を傾げてブレードを回避。ブレードは機体背後数百mの地面に突き刺さった。
 Sマインを全弾発射。
 ファントムは、炸裂するSマインの散弾をアーマーコートで防御。グラムはその隙に軽野砲にAPFSDSを装填。
 ファントムが着地した瞬間を狙い照準。
 二人の射線が交差したその時、ファントムが、右腕袖口からワイヤーアンカーを射出した。
 グラムは咄嗟に右サイドステップで回避。
 しかしアンカーは、グラムを狙った訳ではなかった。
 ワイヤーアンカーが、機体背後の地面に屹立するブレードに吸着。牽引。
 地面から抜けたブレードが、グラム機の左腕を掠める。
 ――狙いはブレードか!
 グラムは直感する。今までで一番の連戟が来る、と。
 身構える。
 ワイヤーに繋がれたブレードが、空気を切り裂く。
 ……来る!
 初戟、引き寄せたブレードをワイヤーで振り回し、右薙ぎでの胴。
 しゃがみで回避。
 ニ戟目、ワイヤーに左肘をかけ、右腕に巻き取り、軌道を横振りから縦振りに。振り下ろしの正面。
 単分子ナイフで防御。
 三戟目、弾かれたブレードの運動エネルギーをそのままに、右下から左上への逆袈裟。
 しゃがみ状態からの下肢の“バネ”とスラスターを使い、バックダッシュで回避。
 四戟目、ワイヤーに左肘をかけ、ブレードの軌道を変更。振り回して遠心力をかけ、脚を狙って左薙ぎの脛。
 ジャンプで回避。
 次には、連戟の最後の一手が来る。
 五戟目、ワイヤーでブレードを引き戻し、回し蹴りで蹴り飛ばしての刺突。
 素早く、単分子ナイフでブレードを防御。電光の如き速力で打突されたブレードが、単分子ナイフの中腹に深々と突き刺さったその瞬間、グラムはブレードの突き刺さった単分子ナイフを振り回し、ワイヤーと繋がったファントムをハンマーのようにビルへたたき付けた。
 ビルが砕け、ファントムが階層の中にめり込む。
 グラムはブレードの突き刺さった単分子ナイフを捨て、ファントムと繋がったワイヤーを左手に持ち、ワイヤーを持ったまま左手首を高速回転させてワイヤーを巻き取ってファントムをビルの中から自機の足元へ引きずり出すと、そのまま左手で地面へ押し付けた。
 全領域帯接触通信機能ON。
 通信開始。
「ファントム、聞こえるか?」
 返答は無い。だが、シグナルはある。
「もう終わりにしよう。戦争は終わった。この戦闘は無意味だ」
 そう言った次の瞬間、ファントムから初めての返信があった。
「無意味だと? 元は貴様らの始めた事だろうが!」




***************




 一瞬だった。
 凄まじい密度の、暴力の嵐。
 しかし一挙動一動作全てに意味のある知略の応報。
 その機体操縦術は、緻密にして熾烈。
 それは彼女にとって媚薬だった。
 見ているだけで全身の神経が昂奮し、体温が上がり、恍惚とした表情の奥では甘さを含んだかのような唾液が喉を流れる。
 気付けば秘部が濡れていた。
 いつもそうだった。
 トロイとして彼と共に闘ってきたあの時から。
「ヴァルター!!」
 ワルメットの声で、クレアは我に帰る。
 ワルメットは何度も呼んだらしいが、彼女はそれに気付いていなかった。
 それ程、グラムを見ていた。
「全機、炉の再点火完了。戦闘出力」
「り、了解。これから少佐の援護に…」
 彼女がワルメットに答えた瞬間、グラムとファントムの雌雄が決した。
 グラム機の手に今にも押し潰されそうとしているファントム。