VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝
「Romeo、聞こえますか?」
突然、Oscarからの通信が入る。
「なんだ」
「僭越ながら具申致します。現在、Romeoは保有弾薬量の57%と右腕外部兵装を失いました。弾薬消費比率と機体ダメージから鑑みて、第一次接触戦闘と同程度の戦闘が生じた場合、生存出来る確率は32.65%しかありません」
「32%もあるじゃないか。それに、まだマイナスじゃない。これでタイだ」
「Romeo、Oscarはあなたに確実に帰ってきて頂きたい。考えを変えて下さい。彼等に協力するのではなく、彼等を一兵器として利用するんです」
Oscarの言葉の後、彼は機体を止めてから小さく呟いた。
「昔のように…か…」
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「一体、奴は何者なんだ?」
キャンプに戻って来たクレアは、自分の機体に寄り掛かりながら、ワルメットの問いに静かな口調で答えた。
「彼はフォックスの元隊長よ」
クルップが驚いた表情で言い返す。
「馬鹿な! “第二軍団第27独立特殊戦術部隊(ナインテールフォックス)”は、ミレトス要塞戦で全機大破、全滅した筈…!」
「彼は…、グラム=ミラーズ少佐はそこには居なかった。部隊から引き離されて司令部に…」
「なら…奴があの“ヘルファイアー”か…!」
ザウワーの一言を最後に、一同は皆、言葉を飲み込んだ。
重火器で武装したHMAに接近する事は、当たり前だが非常に難しい。
まして、火器を使用せずに沈黙させる事など、困難の極みだ。
だが彼はそれを、実際にやって遂げた。
それも、パイロットを殺さずに。
さすが、ヘルファイアー。腕は鈍っていない。
やはり彼さえいれば。早く彼を追い掛けて…
――私も共に散ればよかった…
突然、彼女の中でグラムの言葉が蘇る。
…昔はあんな事を言う人物ではなかった。
“生”に貪欲な人だった。ひたすらに生き、戦った、決意ある人。だが今の彼はまるで、標的を見失ったミサイルだ。
ふらふらとさ迷い、大量に内包した炸薬が、いつ起爆してもおかしくない、危険な状態。
だが、そんな状態の彼を、彼女はどうする事も出来なかった。
今はただ、普段の自分を演じるしか。
「さて、とんだ邪魔が入ったものだ!」
彼女はそう言いながら、しゃんと胸を張って立った。
「クルップ、ザウワー、いつまで飯を食っている! ぐずぐずしていられないぞ! 総員搭乗! ワルメット、ポイントマン!」
突然、まくし立てるようにほえる彼女に驚きながら、持っていたシーチキンサンドを急いで口に押し込み、キャンプを片付けて機体に乗り込み始めたクルップとザウワー。
その様子を見ながら、彼女は心の中で呟いた。
――そうだ…仲間なら彼らがいるじゃないか…なのに私は、何故“彼”にこんなにもこだわる? たった一度…たった一度の過ち位で…一体何を…
その時突然、機体のセンサーが熱源体の接近を感知。
クレアが振り返るより早く、ワルメットが105mm自動砲を、感知した方向に向ける。
砲口の指し示す場所。
そこには、グラムの機体が立っていた。
「グラム…?」
クレアのインカムに彼の声が響く。
「よかったら…弾薬を別けてくれないか?」
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「不満らしいな」
電話の向こうに居る旧友のマリアにガルスがそう言うと、彼女は不機嫌そうに言い返した。
「私は、手を引いて欲しいと言ったはずよ?」
「やはり保障局か…」
「分かっていたのね?」
「さしずめ例の旧軍閥派議員の差し金…といった所だな。違うか?」
「全く、あなたのやり方には正直頭に来るわ。それほど戦争がしたければ、あなたが直接出向いてはいかが? “凶鳥・フッケバイン”さん」
ガルスは、不敵な微笑みを受話器の向こうのマリアに返す。
「この歳で機体に乗るのは身体に堪える。それにこれからは、彼らの時代だ」
「それが彼を選んだ理由? それで彼が傷付く事になっても…?」
「身体一つで覚えた唯一の芸だ。誰かが舞台を用意してやらなければな。それに奴は、嗅ぎ付けたのかもしれない」
「嗅ぎ付けたって、何を?」
「仲間の臭いを」
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[カンパニア旧市街地北地区、0355時]
深い、纏わり付くような闇が街を深く閉ざし、全ての物を覆い尽くす。
その闇に紛れ、廃墟と一体化する鋼鉄の巨人達は、自らの気配を全て消し去り、静かにその時を待っていた。
――10時間前…
「待ち伏せるだと? 奴をおびき出すのか!?」
ワルメットの声を尻目に、グラムは腕を延ばして市街地のマップをなぞり、ある地点を指差した。
「北側を走っているハイウェイ。ここは奴をロストした場所とも近い。この周囲にIEDを敷設。機体は炉心を落としてカムフラージュ。105mmは基点から5km地点、203mmは基点から20km地点。90mmは有効射程ギリギリまで距離を取り、出た瞬間を狙う」
「誰が餌になるのよ?」
「私だ」
「あなたが?」
「奴は狩人だ。仕留め損ねた獲物は必ず追って来る筈。それにもうすぐ日が沈む。亡霊は夜動くもの。さて、異論が無ければ始めたいのだが?」
皆は顔を見合わせ、無言のまま機体に乗り込み始めた。
一方クレアとグラムは、お互いを牽制するかのように顔を見合わせたまま動かない。
「どうしたの?」
「お前こそ」
クレアが、ため息混じりの苦笑と共に言った。
「お先にどうぞ? 上になるのが好きなんでしょ?」
至る現在、グラムの機体はハイウェイの上にいた。
だが、グラムの機体は他の四機とは違い、自分の存在を隠していない。
いざ試合に臨む格闘技選手の如く、触れれば火傷してしまうかのような熱い闘志。機体から発せられる排熱。それは、彼自身の闘志にほかならない。
「Romeo、聞こえますか?」
「感度良好。Oscar、今までどこに行っていた」
「今回の事件について、過去の資料を調査していました。ハードコピー資料までの調査は不可能であり、確証は100%ではありませんが、“ファントム”および“亡霊”に関係すると思われる、17万6千件の資料の中、1万2千件にファントムの行動形跡を示す物が有りました。ファントムが初めて確認されたのが、西暦2164年の南北戦線。それから連続的に被害報告と目撃報告が2179年まで続いています。しかし逆に、2180年以降から、ファントム、もしくはファントムと思われる集団の痕跡は寸断され、一つも上がっていません。ただ一つ、2180年に一例だけ、集団として目撃された最後の報告例があります。2180年3月14日、ここ、カンパニアです」
「つまりここは…」
「彼らの、最期の戦場である可能性があります」
Oscarがそう言った次の瞬間、衛星からの監視映像にファントムの姿を捉えた。
「前方に目標捕捉」
同時にワルメットからも通信。
「来たぞ、奴だ」
火器照準にファントムを捉え、ワルメットは思わず呟く。
「Willkommen.Hier findest Du nur Dein Grab.(よく来たな、ここがお前の墓場だ)」
作品名:VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝 作家名:機動電介