VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝
モニター、ブラックアウト。
最後に聞こえたのは、連続した爆発音だけだった。
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名前を聞く声が聞こえる。
なのに何故私は答えられずにいる?
名前?
私の名前は何だ?
何故か酷く頭が痛い。
それに、さっきから鳴っているこの音は、一体なんだ?
電子系統をサブラインに切り替え、再起動。
双方向通信回線再接続。
通信開始。
「無事ですか?」
目を覚ましたグラムが、開口一番に言う。
「状況を」
モニターにウインドウ、録画ファイルNo.66457418945を再生。
状況を把握。
どうやら機体は今、瓦礫の下敷きになっているらしい。なるほど、あの爆発音はビルを爆破した音だったようだ。
「奴はどこに行った」
「北々西へ移動、D-45区画でロスト」
「追跡する」
「待ってください、これは128秒も前の映像です。もう近くには居ないでしょうし、反応も以降ありません。それよりも脱出を。70秒前に上空からh1E型4機が降下。こちらに接近しています」
戦略3Dマップにアウトプットされる四つの光点は、各個に分散しながら一定距離を保ちつつ動いている。
「武装は?」
「M201・203mm30口径長液体装薬砲装備が一機、AR74・105mm50口径長自動砲装備が1機、XM580・90mm30口径長軽機関砲と多目的コンテナ装備が一機、同XM580装備が一機」
「この動きは軍じゃないな…」
「え?」
「恐らくはどこかの準軍事組織だ。IFFは?」
「発信無し」
「国際規定通波には?」
「応答ありません」
「これでこっちも攻撃して良い事になった」
機体再起動、セルフチェック。
機体フレームに破損箇所無し。
装甲も、脚部外側に軽度の破損が有る以外は問題無し。
重力制御起動。
瓦礫を薙ぎ、スラスターを全開で噴射。
瓦礫を吹き飛ばし、機体を上昇させて空へ。レーダーに不明機を捕捉。距離500。
その瞬間、105mm砲装備機が発砲。
スラスターでダッシュ。射線を回避してビルの影へ。
立て続けに、203mm砲装備機が発砲。
砲弾はビルの上半分を吹き飛ばすが、グラムは着弾よりも早くビルの影から出て降下、左右に蛇行しながら火線をかい潜って、再び地上の建造物群の中へ姿を隠した。
「あの動き方…」
不明機の90mm装備の一機が、グラムの機動を見ながらそう呟いた。
見覚えのある機動。躊躇いのない、機械のような正確さ。
間違いなく、あれは…
「こちらヴァルター! 全機後退!」
ヴァルターの言葉に、105mm装備機のワルメットがビルの陰で砲のマガジンを交換しながら返事を返す。
「こちらワルメット! どうした、あれは敵ではないのか?」
続けてもう一機の90mm装備機、ザウワーからも。
「ザウワー、なんだあれは、弾が当たらん! リモート機なんかじゃないぞ!」
「ザウワーはワルメットと合流! クルップ、無事か?」
「こちらクルップ、無事…」
突然、203mm装備機のクルップからの通信が、衝撃音の後切れた。
「こちらワルメット、クルップどうした!」
「こちらザウワー! クルップがやられ…うぁ…」
立て続けにもう一機の90mm装備機のザウワーからの通信も。
「ザウワー! 応答しろ! …俺達の他にも、HMAが…!? それも単機だと?」
「ワルメット! そっちに言ったぞ!」
ワルメット機の機体センサーがグラム機の機影を捉えた。
11時方向、距離200。
ロックオン。
「そこだ!」
ワルメットはビルの影から飛び出し、曲がり角から出てきたグラム機に向かって105mm砲を発砲。
しかし、グラム機は砲弾を回避し、接近してくる。
「この距離で回避…!?」
次の瞬間、ワルメット機に肉薄したグラム機が、105mm砲の砲身を120mm砲のストックで叩いて逸らし、脚を払いながら120mm砲のストックを機体の喉元に当てて突き倒す。
「ぐがはっ!」
地面にたたき付けられたワルメット機に、120mm砲の砲口を向けるグラム。
それと同時に、急行してきたヴァルター機がグラム機に至近距離で90mmの砲口を向けるが、グラムは既に、単分子ナイフの切っ先をヴァルター機に向けていた。
しかし、その時。
「少佐、私よ! トロイ・スクワッドの…!」
グラムは驚いていた。
無線に響いた、聞き覚えのある女の声。
戦友の声。
「クレア…?」
***************
彼が機体を降着させ、コックピットから出たのは、不明機の一団が彼の目の前に集結してからだった。
不明機は一様に都市迷彩を施されたE型で、部隊標はおろか識別標さえなかった。
高いビルに囲まれた街の一角。
傷の手当てと休息の為に、簡易キャンプを展開した彼ら不明機のパイロット達を凝視するグラムの手には、しっかりと拳銃が握られていた。
打ち倒された三人が向ける、怒りとも懐疑とも取れる眼差し。彼はそれを無視したまま、インカムの向こうにいるOscarに周囲の警戒を命じ、自身は携帯食料の固形バーのパッケージを開こうとしたその時、突然、箱のような物体が彼に向かって飛来した。
彼は箱状の物を左手でキャッチし、右手の拳銃を飛んで来た方向に向ける。
そこに立っていたのは、不明機パイロットの一人、知り合いの女、クレアだった。
「そんなのじゃもたないでしょ、グラム」
そう言って、彼の持つ箱を指差す彼女。
箱の正体は、固形バーよりも上等なレーション。合成タンパクのシーチキンサンドだ。
「お前達、ISAか? なぜ安全保障局が噛んでくる」
「お答えしかねます。それより銃を下ろしてくれない? 敵じゃないんだから」
「カートキャッチャーの付いた火砲を持ってよく言う」
「しょうがないでしょ。私達とあなたでは履いてる靴が違うんだから」
「軍は辞めた。今は個人的都合で動いている」
「まさか…あなたが軍を…?」
「レーションは有り難く頂く。だが、ここから先は手出し無用だ」
「ちょっと! この先あなた一人でどうするつもり? 昔みたいに協力しあえば、有利に…」
「協力など必要ない」
「え…?」
「これは私の闘いだ。お前達の力は借りん」
「…あなた…まだ自分を責めてるの?」
「何…?」
「少佐。私はフォックスが玉砕する姿を、この目で見たわ。貴方の部下は皆、最期まで勇敢に闘って散った。誰ひとり、何ら恐れる事なく。後代まで、何一つ恥じることなど無く…」
しばらくの沈黙のあと、グラムは銃口をゆっくりと下げて彼女に言った。
「なら…私も共に散ればよかった…」
背を向け、そう言って機体に乗り込むグラムを、彼女は無言のまま見つめ続けた。コックピットを閉め、機体を起動させても。
カメラアイを通じてモニターに送られる彼女の姿。
その眼差しは深く、長く。
機体のコンソールに表示される、機体の暖気完了を示すメッセージ。
暖気する機体の排熱に耐え兼ねてか、はたまた諦めか。クレアはようやく機体の傍から離れていく。
それを確認したグラムは、機体を立ち上げ、キャンプの反対方向へゆっくりと歩き始めた。
作品名:VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝 作家名:機動電介