人間屑シリーズ
……なんだかふいに泣きたくなった。
けれどその気持ちをグッとこらえて私は言う。
「次はどこを探すの?」
「さっき買ったヒントには『人の利用する所』って書いてあったから、コインロッカーを調べてみようと思う」
「そっか、じゃあ行こう」
「うん」
私達は駅構内に設置されたコインロッカーへと向かう。
そこにスイッチなんてありはしないのに、不安げな顔を作りながら私はミカの後を追う。
――スイッチはまだ私の鞄の中にある。
ここのコインロッカーは高さと幅共に四十?程の箱型の物が縦に五台重ねられていて、それが横に十列並んでいるというセットが三セット設置されていた。
ミカと私は手分けして両端から探す事にする。
ロッカーの利用率はざっと見た所三割程度で、私達は約百台のロッカーを探す計算だ。
扉を開け、一つ一つ見ていく。ロッカーの中はガランとしており、そこにスイッチがあるならば扉を開けてすぐに見つけられるはずだ。
フロアの端からはミカの焦ったような扉の開閉音が聞こえている。
私もそれに倣い、必死に次から次へとロッカーを調べる。ありはしないのに。
今すぐに「ここにあるんだよ、ミカ」と鞄の中を見せてしまいたいような、そんな衝動が全身を襲う。……何を考えているんだろう。そんな事あっていいはずがない。第一、私が騙している事を知ったらミカは何て思うだろう? 私を憎むだろうか嗤うだろうか蔑むだろうか……その全てか。
もしもこのまま友達ごっこを続け、ミカの契約が完了してしまえば彼女は私が組織の人間だなんて気付く事無く全てが完了する。そしたら私はこの友達ごっこをこれからも続けていける。友達としてミカを支えていける。そうだ、それでいい。だからスイッチの在りかなんて、本当は私が持っているだなんて言ってはいけない。決して。
そんな事を考えている間にもミカはロッカーを調べ続け、そして私の元へと駆けてきた。
「こっちは無かった。そっちはどう?」
「今のところ、こっちも……」
「そう」
言うなりミカは私がまだ調べていないロッカーへと手を掛けていく。横目でチラリと彼女の表情を伺うと、額に汗すらにじませて少しばかり青ざめているかのように見えた。
やっぱり生きたいんだな、なんてぼんやりと思った。それが悪だと感じたわけでは無い。ただぼんやりとそう感じただけだ。
「無いね」
残りの全てのロッカーを調べた後、溜息交じりにミカが言う。
「うん」
「私もう一回ヒントを買うわ」
私が何かを口にするより前に、ミカは携帯を取り出すとメールを打ち始めた。
私はその様子をただ見つめているだけだ。あと二回のヒントで正解に届くと心の中で思いながら。どうやってミカにバレずにスイッチを設置出来るか考えを巡らせながら。
三分後に来た返信メールには『駅の東側』と書いてあった。
今いるロッカーは駅の西側だから、真逆という事になる。
「東側で人が利用する所なんて、切符販売機とみどりの窓口と……あとは」
「あとは待合室だね」
私がそう言うとミカは「うん」と頷いて、私の手を取り歩みを進め始める。
東側には勿論、設置場所の公衆電話もあるのだが携帯を使うのが当たり前のミカには、どうやらその発想はないようだった。
まずは切符販売機の設置されたエリアへと向かう。
切符販売機周辺をくまなく探すが、当然あるはずも無い。
みどりの窓口へ入り、受付の一つ一つに目を配るが……それも無駄だ。
待合室にはいくつかのベンチと自販機が設置されていた。
ベンチの下や自販機の影を隅々まで探すが無いものは無いのだ。
そんな中、ミカはついに自販機横に設置されたゴミ箱の蓋を外し、中を漁り始めた。
「ミカ……!」
「だって無い! 無いのよ!」
ミカが腕を振るう度に辺りにゴミが散乱していく。付近にいる人々は迷惑そうな顔をして眉をひそめるだけだ。誰も声すらかけて来ない。
ミカの服や美しく長い髪に、飲みかけのコーラや食べかけのサンドイッチの残骸が侵食していく。汚さに染まっていく。
ミカはグッと拳を握りしめると、唇を噛みしめながら散乱したゴミを見つめて言った。
「もう一度……買う」
「ミカ……」
「一体どこまで借金が膨らむのかなんて分からない。もしかするとこのまま死ぬのかもしれない。でもこんなの無理! 探せるわけが無い」
携帯を取り出して薄汚れた手でメールを打つ。
私は携帯に集中しているミカに見つからないように鞄からスイッチを取り出すと、そっとコートのポケットへと忍ばせた。
ミカは携帯に注視したままだった。気付かれてはいない。
携帯が光ると着メロが鳴る前にミカは携帯のボタンを押した。そのまま流れるような速さで、そこに表示された文面を追うなり勢いよく顔を上げた。
「公衆電話だって! そこにあるって!」
ミカはそう言うと走り出し、私はその後を追った。