人間屑シリーズ
翌日――
私とミカさんは再びあの公園で会っていた。ミカさんは学校をサボり、私と会う方を選んだのだ。
「いいの? 学校」
いつの間にか彼女に対してオドオドとした態度は取らなくなっていた。
だってこの女は私と変わらないのかもしれないから。
「うん、別に。死ぬのに勉強したってしょうがないじゃない」
彼女の携帯は彼女がそう言う間にも、ひっきりなしにメール着信音を鳴らし続けている。
「メール……いいの?」
「あ、うるさいよね。ゴメン」
そう言うと彼女は携帯の電源を落とした。
「さ、何して遊ぶ? カラオケでも行こっか」
彼女は携帯を鞄にしまうと、私に向って微笑んだ。
……死なせない。死なせないんだから。
そんな決意を秘めたまま、私は彼女と歩きだした。
*
カラオケ店に着くと、彼女は慣れた様子で受付を済ませ伝票を受け取り私を導いた。
「二階の八号室だってー」
思えば友達とカラオケに来るのなんて本当に久しぶりだ。
中学の頃ほんの数回来た事があるだけで、高校に入ってからの私は次第に人との適切な距離を取れなくなっていたから。
「なに歌おっかなー」
彼女の声は弾んでいる。死を内包している人間とは思えない程に。
けれどこれは彼女のいつもの演技なのだろう。いつもいつもこうやって他人を欺いてきたのに違いない。明るくて優しくて綺麗な子、というイメージのままに。
それはやっぱり疲れる事なんだろうな、と階段を上るたびに揺れる彼女の長い髪を見つめながらう思った。
ルーム内に入ると彼女は早速マイクとリモコンをセットし始める。
「はい、こっちどーぞ」
私の前にもマイクとリモコンのセットが置かれる。
「飲み物頼むー? 私はアイスコーヒー頼むけど」
「じゃあ、アイスティーお願い」
「りょーかーい」
彼女は笑いながらそう言って、フロントへ電話をかける。
いつもこうしているんだろうな。いつもこうやって沢山の友人に囲まれて過ごしてきたんだろうな。いつもこんな風に気を使いながら。
――ふいに涙が出そうになった。こんな女、大嫌いなのに。
「どしたの?」
フロントへ注文を頼み終えた彼女が私の雰囲気に気付いて優しく声をかけてきた。
「……何でもない」
「何でもないっていう顔じゃないけど」
彼女は心配そうに私の顔を覗き込む。もう無理だと悟った。頭と心で色んな感情が交錯して、自制が効かない。
「ミカさんの事を思ったら悲しくなったんだよ」
正直に吐露した。
「どうして……?」
彼女の綺麗な眉がひそむ。私はそれでも言葉を続けた。
「いつもこんな風に皆に囲まれて、それで沢山気を使って。優しく笑って。でもあなたの心の奥底は誰も見つめてくれない。いつも人気のあるのはあなたの表面だけ。本当のあなたじゃない。そんな中で笑い続けるのって、本当の自分を否定し続ける様なものだと思うから。そう思ったら」
最後まで言い終わらない内に私の体を何かが覆った。
「?」
一瞬何が起きたか分からなかったが、どうやら私は彼女に抱きしめられているらしかった。
「ありがとう。……ちゃん」
ミカさんが私の名前を呼びながら、私を抱きしめた腕にギュッと力を込めた。
「ミカ……さん」
「ミカでいいよ」
心臓がドキドキと早鐘を打っている。
彼女の柔らかい感触と香水の良い香りが鼻腔を支配する。私は……。
「お待たせしましたー」
バッと私とミカさんは離れた。見やれば店員が飲み物を持ってきた所だった。
店員は私達二人を一瞬ギョッとしたような顔で見つめていたが、すぐに何事も無かったかのようにアイスコーヒーとアイスティーをセットし「失礼しました」とだけ言い残すと、颯爽と去っていった。
「あは。レズって思われたかな?」
ミカがいたずらっぽく笑った。
私も何だか可笑しくなってきて、くすくすと笑いがこぼれる。
「うん、思われたかも」
「やっぱそっかなー。うーん、まっ気にしない!」
そう言って彼女はアイスコーヒーを勢いよくストローで吸いあげると、マイクのスイッチを入れた。
「さー、歌うぞー!」
彼女の綺麗なソプラノがルーム内に広がった。