人間屑シリーズ
*
ミカさんとは彼女の自宅付近のファーストフード店に入った。
彼女はベーグルとアイスコーヒーを注文し、私はアイスティーを頼んだ。
席に着くとミカさんの方から話しかけてくる。
「不思議な感じ。こんな風に一緒に過ごすのって初めてだよね」
「……ミカさんの周りにはいつもたくさんの人がいて……私なんかじゃ近づけなかったから」
……嫌になる。とてつもなく。この女を陥れる為の言葉ではあるけれど、その内容は紛れもない事実なのだから。
「そっか。でも私はずっとこんな風に過ごしてみたいなって思ってたの」
「……どうして? 私なんか」
「あなたは私にとって憧れだから」
ズクンっと心のどこかで大きな音が鳴った気がした。
今彼女は何て……? ううん、ただの詭弁よ。嘘に決まってる。ただの出まかせ。だってそうでしょう? 彼女みたいにクラスの……ううん、学園の中心人物が私みたいな誰にも気にも止められないような人間を憧れるはずなんてない。そう、あり得ない。
「うそ」
小さく呟いた。彼女の眩しさの前で私が出来る唯一の抵抗。
「嘘なわけないよ。私は本当に……羨ましいんだ」
「……うそ」
真っ白なブーツのつま先を見ながら、そっとこぼす。
「……あなたみたいになれたら、私はきっと」
そこまで言うと彼女は言葉を詰まらせた。
「どうしたの?」
私が続きを促すと彼女は一つため息を吐いて、それから悲しそうに微笑んだ。
「……昼に会った時にさ、死ぬ事に決めたって言ったでしょ。あれ、ホントなんだ」
そう言った彼女の瞳はどこまでも澄んでいた。私はその瞳に何もかも見透かされているんじゃないかとすら思い、私の方こそ焦燥する。
「どうして……」
彼女が心から死を望んでいる事なんてとっくに知っている。そしてその理由になんて何の興味も無かった。
――はずなのに、なのに彼女を落とす目的以外で彼女の心情を気にしている自分がいた。
「辛くなってきちゃったから。他人を欺くのも、自分を誤魔化すのも」
そう言ってベーグルを一口食べる。
「これ、美味しい。頼めばいいのに」なんて言いながら。
私は相槌を打つ事も出来ずに、黙ってストローをくるくるとかき回していた。
「なーんかさ、疲れちゃったんだ」
そう言うと彼女もアイスコーヒーをストローでくるくるとかき回す。
「まだ十六なのに?」
視線を彼女に向ける。彼女は私の視線を受け止める。
「そう、まだ十六なのに」
そう言ってまた溜息一つ。
「十六の今でさえ、こんなに疲れてるんだもの。この先何十年も生きてく自信なんてない」
また心がズクンっと音を立てる。
私がずっと持ち続けていた絶望感を彼女も持っているのだろうか? いや、もしかすると彼女だけじゃなくて誰もが持っているのだろうか? 誰しもそういう感情を内包しながら生きているのだろうか。
「私ってさ、自分で言うのも何だけど……なんていうか」
「美人で人気者だよね」
言いよどんだ彼女をサポートすると、彼女は照れ臭そうにはにかんだ。
「うん、そう見えるんだよね。でも本当の私はとっても汚いんだ。汚くて醜い心の持ち主。だけどそれを知られたくないから……必死に取り繕ってる。でもそうまでして隠したい相手なんて本当は誰もいない。私、クラスメイトの誰の事も本当の友達だなんて思ってない」
私は黙ったまま彼女の声に耳を傾ける。
「男の子だってそうで……もし私がこの容姿じゃなかったら寄ってなんてこないに決まってる。そうやって誰も寄ってこない人間を女の子は仲間に入れたりなんかしない。だから私は毎日毎日笑ってる。周りに気を使い続けてる」
馬鹿みたいと彼女は笑った。
「だからあなたは私の憧れ。あなたは誰にもどこにも属さないんだもの。それでいて惨めったらしくなくて。私はあなたみたいになりたかった」
どこにも属さないんじゃない。属せなかっただけだ。惨めったらしくないわけない。ただ慣れてしまっただけなのだ、自分も周りも。
けれどそれを口に出す事はしなかった。言えるはずもなかった。
「でもそれももうオシマイ。死ぬと思うから、私」
そう言いながら彼女はベーグルを頬張る。その無感動さが怖い。もしかするとこの女は本気で死んでしまうかもしれない。
――この女にクロが触れる事だけは絶対に嫌だ。
「ミカさんが死んじゃったら、ご両親が悲しむよ」
「そんな事ないよ」
あっさりと否定された。
「あの人達はさ、自分の仕事と愛人の事で頭がいっぱいだから。自分だけの世界で生きてるのよ、あの人達。そういう二人が結婚しちゃったの。だからあの家に私の場所なんて無いんだ」
ズクンズクンと心が音を立て続けている。私と彼女はもしかすると本当はとてつもなく似ているのかもしれない。本当はもっと早くにこうして話していたら――――
「友達になって」
私は彼女の目を見て言った。
「え?」
彼女は大きな目をより大きく見開いて驚いている。
「私も本当はずっとこうして話してみたかったの」
私がそう言うと彼女は本当に嬉しそうに微笑んだ。そして「うん」と小さく頷いた。
もっと早くにこうしていたらなんて、そんな有りもしない事を想像したって無駄だ。
私が今するべき事は、彼女を生かす事。そして引きずり込む事だ、この泥沼に。
その為なら友達ごっこだってなんだってしてあげる。そう、これはあくまで演技。私の本心なんかじゃあない……決して。