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人間屑シリーズ

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          *

 クロのマンションに戻った所で、丁度ミカさんからメールが届いた。
 契約書にサインしたという内容のそれに、いつものように公園に置いておくように指示を出す。ただし、今回は時間を午後六時と指定した。
 六時になったら私はクロと一緒に公園へ行き、私がミカさんの気を引いている間にクロが契約書を回収するという算段だ。
「早く六時にならないかな」
 私は楽しみで仕方が無かった。
「クロ、私は多分そのまま彼女と話し込むと思うから」
「分かった。僕は先に帰って手続きをしておくよ」
「うん。お願い」
 六時に彼女に会ったら、死ぬなんて気持ちを消してしまわなければならない。
 彼女は生きながらにして、あの美しい顔を苦痛に歪めていく事こそが似つかわしい。そう、絶対にクロの食事になんかしてやるもんか。
 どす黒い決意を胸に秘め、私はその時が訪れるのを待った。

          *

 午後六時。
 指定した公園の植木の陰から辺りの様子を伺うと、ミカさんは既に来ていてベンチには契約書の入った封筒も見えた。
 私とクロは無言のまま互いを見つめあった後、行動を開始した。

「ミカさん」
 私が声をかけながら近づくと、彼女はハッとしたような表情で私を見つめた。
「……ちゃん?」
 小さく私の名を呼んだ気がした。
 私はさも不安そうな顔を作り、彼女へと一歩一歩踏みしめるように接近する。
「どうしたの? なんでこんな所に?」
 彼女も不安げに私に問いかける。
「私……昼間のミカさんが何だか気になって……もう一度会いたいなって思って……それで……ミカさんの家の方に自然と……向かっちゃってたっていうか……」
 自分でも自分が嫌になる程に、地味で冴えなくてオドオドとした受け答え。でもこれが“この女の良く知っている私”なのだ。
「そっか。ごめんね、有難う」
 彼女はそう言ってにっこりと笑う。今にも自分の命を賭けた契約書が何者かに持ち運び去られようとしているこの時でさえ、彼女は私を気遣い謝罪の言葉を口にする。こういう所が嫌いなのだ。こういう所に虫唾が走るのだ。
「ううん、こっちこそ。ミカさんはここで何をしているの……?」
「えっと……私は」
 彼女は困ったような顔をした。当然だ。言えるわけが無い。自分の命を見知らぬ人間に売っただなんて。
 注意深く彼女の表情を伺う。次に表れるのは焦りか動揺か――。
「ね、お茶でも行こっか」
 しかし彼女はそう言って笑った。私に向ってにっこりと、天使のような微笑みで。
「……うん」
 私は俯き小さく頷くだけだ。……だからこの女が嫌いなのだ! この女の前にいると自分がとてつもなく矮小な存在に思えてくる。
 俯いた私は私の足元に視線を落とす。そこにあったのは真っ白なロッキンホースブーツ。
 ……違う。矮小なんかじゃない。私はクロに選ばれたシロなんだ。このブーツとコートが私を守ってくれる。真っ白な私でいられる。
 私はミカさんを正面から見据えて笑顔を作ると、はっきりとした口調でこう言った。
「私、前からミカさんとゆっくりお喋りしたかったの」

 公園を抜ける時にチラリと後ろを見たら、クロがベンチへと歩いて行くのが見えた。
 この女の契約はこれで完了だ。絶対に突き落としてやる。奈落の底の奥底まで。
作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文