人間屑シリーズ
*
昼になり、クロが起床する。
光の一切入らない遮光された黒い箱のようなクロの部屋。
私はいつの間にか、ここがたまらなく落ち着く世界になっている事に気付く。
「クロ、起きた? 今ご飯作るね」
「うん」
クロは起きると顔を洗いに行った。
私はキッチンに立ち、簡単に食事の準備をする。
料理は嫌いじゃ無かった。むしろクロが喜んでくれるから、私は料理が好きになっていた。
さて何を作ろうかと冷蔵庫を開けた瞬間、メールが鳴った。タイミング悪いなぁ、なんて思いながらメールを開くと案の定そこには高橋からのヒント購入の旨が書かれていた。
少し考えてから、そろそろ遊園地のある海の方へと誘導してもいいかなと思った。
『お買い上げありがとうございます☆ そうですねぇ…ズバリ海! が見える所ですよ』
そうメールを打ち、送信する。
さて崎村はどんな風に彼を導いているのだろうか。
「シロ、僕も手伝うよ」
顔を洗い終えたクロが私の隣に立っていた。
「ありがとう。じゃあ、お皿出してもらっていい?」
「うん」
大人から見たらきっとオママゴトみたいな生活だろう。それでも私の幸せの全てが、この黒い箱の中にはあった。
待ち望んでいた幸せ。小さな箱には小さな家庭が入っている。
「出来た。さ、食べよっか」
「うん」
誰かと一緒に摂る食事がこんなにも美味しいなんて、世界中のどれ位の人が知っているんだろう。私は今、幸せだ。たとえそれが誰かの不幸の上に成り立っている仮初めのものであったとしても。
*
午後十時過ぎ、高橋からメールが届く。
そろそろ遊園地というワードを出しても良いだろう。もう彼のタイムリミットは二十四時間をとうに切っているのだから。
そう少しだけ思案してからメールを送信した。
『遅くまでご苦労さまです。スイッチは遊園地の中ですよ。そろそろ寝たいのでメールは控えてね☆ では!』
本当はちぃっとも眠たくないんてないのだけれど。
だってクロは夜の方が楽しそうなんだもの。だから私も夜はいつもクロと笑いながら過ごす事にしている。その大切な時間を馬鹿な人間の無粋なメールで壊されたくないだけだった。本当は。
ここ数日は他の契約者達の動きも無い。
今はもう私達は各対象ごとにメールを送りはしなかったけれど、契約関係と仕上げのスイッチの配置と回収だけは行っていた。
けれどこの数日間、他の契約者からのスイッチの配置を依頼するメールは来ていない。
年末だし忙しいのかも知れなかった。たとえどんな詐欺にあった所で、人は日常を消化していかなければならない。
その分高橋だけに集中すれば良いので、私とクロはとても楽に過ごせるのだけれど。
「桜が見たいな」
ふいにクロがそう言った。
「桜?」
「そう。桜の下には死体が眠ってる。その血を吸いあげているから、ほんのりピンクに染まって美しく、人間の心を魅了する。よく聞く戯言だけれど、僕は好きなんだ」
「そっか。早く春になるといいね、そうしたら一緒に夜桜を見に行こう」
「うん」
そう言うとクロは私に向って、いつも通りの優しい微笑みを見せてくれた。
――春。
そうだね、年が明けたら春なんてすぐそこだ。
私はこれからもクロとずっと一緒にいたい。春も夏も秋も。そうして何周も冬を過ごしたい。
「シロ?」
クロが心配そうな目をして私の顔を覗き込んだ。
「ん?」
「いや、何だか寂しそうだったから」
「そんな事無いよ。クロと一緒にいて寂しいなんて事、あるわけがない」
そう言って笑った私の表情はどこか弱々しかったのかもしれない。
それでも、私達は生きている。不安定なバランスの中で、今日もじっと生きている。
生きているんだ、確かに。