人間屑シリーズ
――そこには親父がいた。
小さな骨壷と写真の中に、かつての畏怖の対象は納まっていた。その隣には読めもしないような漢字ばかりの戒名の書かれた小さな位牌。それが親父の全てだった。
「父さんね、一年前に死んじゃったのよ」
母が小さな声でそっと告げた。その静かな声が俺の耳に届き、脳味噌がその内容を知覚した瞬間、俺の体温は本気で一度ばかり下がったような気がした。
あの親父が小さな写真の中にしか存在していない事実。写真の中の親父は微笑んでいた。あの頑固だった親父が、今は写真の中から俺に優しく微笑んでいる。
「お前には、連絡がつかないし」
母は少しだけ恨めしそうにそう言った。確かに俺は実家からの電話は着信拒否にしていた。俺にとって実家は害を為す場所でしかなかった。俺のちっぽけな自尊心を傷つけるだけの家。だから着信拒否にした。住所だって伝えていなかった。逃げる事でしか自分を守れない情けない俺の、小さな小さな反抗だった。
そういえば確かに一年程前に、着信履歴が実家で埋まっていた事があった。鈍い光だけが明滅する携帯を開いて、憮然としていた記憶が蘇る。今さら俺に何の用だと――あの時は妙に苛立ちを覚えた。……そうか、あの時――あの時、親父は死んだんだな。
サラサラと音を立てて引いていく血の気は、俺の頭をも冷やしていく。心は未だ虚ろなまま、どこか冷静にそんな記憶を掘り返している。
俺は無言のまま仏壇の前に膝を折り、そっと手を合わせた。じっと前を見据え、改めて写真の中の親父に目を合わせる。
この人、こんな風に笑うことが出来たんだな。
そんな事をまず思った。そういえば弟が生まれるまでは俺にもこんな風に笑ってくれていた気がする。一体いつから俺は蔑まれるようになったのだろう? 俺はどこで失敗したのだろう。
「父さん、死ぬ間際までアンタの事心配して……」
背後で母が咽び泣きながら、悲痛な思いを訴えてくる。あの親父が? 俺の事を心配していた? なにを言っているんだ、母さん。あの親父が俺の心配なんかするわけ無いだろう。いつもいつも俺を屑と罵っていたのに。だから今日もまた屑と罵られると思ったのに。そうすれば――そうすれば俺は心置きなく死ねると、そう思ったのにっ! なんでだ? なんで死んでんだ? そして俺はなんで葬式にすら出てないんだよっ!
父さん! 父さん! 父さんっ!
俺はアンタの言った通りの、正真正銘の屑だっ!