人間屑シリーズ
三日目
目覚め。
一日を浪費し、また一日が始まる。
先輩とのスペシャルオシャレイブを明日に控え、気分が良かったからだろうか。夕方から俺は、実家に向かう電車へと乗りこんでいた。
死を前にして親の顔くらい見ておくべきだとでも思ったのだろうか。いや、当然思ったんだろう――が、またあの親父に何を言われるかと考えると、足が竦むのも事実だった。
親父は俺の事をいつも汚い物を見るかのような目で見ていた。俺は――ああ止めよう。鬱になる。俺は小さく頭を振ると、先輩とのスペシャルオシャレイブに思いを馳せた。
そうだ、何も暗い事を考える必要何かない。今から親父に何を言われるかは分からないが、何を言われようと俺には揺るがないスペシャルオシャレ童貞卒業イブがあるのだ! 先輩と過ごす明日の夜のハッピーさが、ともすれば踏みとどまってしまいそうな俺の背中をギュンギュンに押した。
*
目的地に着いた電車を降り、いつかは帰路でさえあった懐かしい道を一人歩く。足を前へ前へと押し出すように歩いていると、やがて見なれた一軒家が目に映った。懐かしい俺の実家。何年かぶりのその家は、ずいぶん草臥れてしまったように見えた。そんな生家に目を細めると一つ深呼吸をして、ジーンズのポケットから鍵を取り出し玄関扉に手をかけた。
『屑がっ!!!』
瞬間、親父の声が聞こえた気がした。
優秀な弟と俺をいつも比較し、親父の思い通りに生きる事の出来ない俺をいつも蔑んでいた親父。“屑”、そう――この家庭において、まさに俺は屑だった。
無意識のうちに下唇を噛みしめていた。俺はこの家に何かを期待しているんだろうか? それとも……。
そんな事を思いながら鍵穴に鍵を差し込むと、勇気を出して扉を開けた。
カチャリ、と難なく扉は開き懐かしい玄関に足を踏み入れる。
「ただいま」
考える間もなく口から洩れた挨拶。だが俺はこの言葉にはいつもいつも違和を感じていた。ただいま――それは本来いる場所へ帰った人間が発する言葉。だけど弟が生まれてからは、俺はここには戻って来てはいけない人間なんじゃないか、そんな考えがいつも脳裏に渦巻いていた。
そんな懐古にも似た思いに自嘲しながら玄関で靴を脱いでいると、パタパタとスリッパの音を立てながら、母がこちらに向かって来るのが分かった。
「……っ!」
俺の姿を目にとめるなり、母は小さく俺の名を呼んだ気がした。
「ただいま」
二度目の違和感を内包しながら、数年ぶりの母の姿を確認する。思っていた以上に白髪も皺も増えている。それに何だかやつれたような気すらした。
「親父は?」
そんな母を気遣う前に、俺は恐怖の確認をする。定年退職したであろう父は、居間にでもいて俺に言葉の撃鉄を食らわす準備をしているのかもしれない。
俺の質問には答えずに、母は無言のまま俺を仏間へと導いた。