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人間屑シリーズ

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広がる狂気



 クロの言った通りだった。
 最初の一人が捕まえられれば、後はあっという間にこの狂気は広がっていった。
 中にはローンを組まずに現金で支払いを済ませた者もいた(詐欺に引っ掛かりやすい人種というのはいるものだ)。
 抗う事をせず、死を望んだ者もいた。死を望んだ者にはクロがその望みを叶えた。勿論相手の望むような殺害方法では無くて、自殺に見せかけてナイフで刺殺していった。私が犯行現場を直接見る事は無く、殺害にはいつもクロが一人で出かけて行った。
 そうして帰ってきたクロからは、微かな血の匂いがした。
 私がクロに人を殺して大丈夫なのか? と聞くとクロはにっこり笑って言うのだ。「上手くやってるさ」と。
 そんな風に血の匂いを纏わりつけながら、クロが帰ってきたのは何度目だろう。慣れるべき事なのかもしれないけど、それでも私は不安で不安でたまらなくて、今日も死を与えて帰ってきたクロに聞いてしまう。
「クロ、本当に大丈夫だよね? 私……クロがいなかったら」
 クロは困ったように笑うと、私の頭をそっと撫でた。
「シロ。この国の法医学解剖は先進国の中で驚くほど遅れているんだよ」
 そう言って私の目を見つめる。じぃっといつものように。
「現場は医学の素人の検察が見極めているから、自殺に見せかければ殺人天国なんだよ。この日本という国は」
「でも……死因解剖とか……は?」
 よくは分からないけれど、そういう物ってするんじゃないだろうか? そして当然それはプロの仕事だろう。
 けれどこの質問にもクロは満足そうな笑みを浮かべたまま、こう答えた。
「欧米ならね、自殺と現場の警察が判断しても九十%以上死因解剖する。北欧ならば百%だ。でもこの日本は……たったの八%」
 そこまで言うとクロは洗面台に立って、ジャバジャバと手を洗い始めた。
「表向きに迷宮殺人〜なーんてなるのは稀なケースさ。実際には自殺で処理された殺人事件が相当数あるんだよ」
 ザーザーと音を立てながら蛇口から水が流れている。
 その音は脳細胞が一つずつ消えていくような、そんな不安感と何とも言えない安堵感が私を包み込んでくれるような心地にさせた。
 キュッと蛇口を捻って水を止めると、クロは手を拭きながらこちらへと近付いてきた。
「で、今日はどうだった?」
「あ、うん。新しくメール来たよ」
 私がそういうと、クロは面白そうに携帯に手を伸ばす。
「ふぅん。こいつはどっちかな? 生きるか死ぬか――」

 崎村カオリを契約者として迎えてから早一か月、まさにネズミが子を生むようなスピードでこのメールは侵食していった。
 私達は契約書の作成や受取、またローンの実行はしていたけれど、もうメールで直接指示を出す事は殆んどしなくなっていた。
 入金の銀行口座だって、ローンを組まずに直接現金で支払ってきた人間の金を元手にクロはいくつか(馬鹿な人間を使って)買い取っていたようで、一見すると同じ人間がやっているようには思えない段階にまで作り込まれていた。
「人間……自分が助かる為なら、簡単に人を貶めるんだね」
 無意識に呟いていた。
 契約した殆どの人間が新たな契約者を探すという現状に、何か腑に落ちないものを感じていたのかもしれない。
「シロ。人間って言うのはそういうものさ。振りかざす正義さえあれば、どこまでも残酷になれるんだよ。この場合“自分が助かる為”“自分も騙された善良な人間だ”なんて、その心の拠り所はいくらでもあるのだから」
 結局の所、クロの言う通りなのだろう。
 ……だったら――もう何も迷わない。
 私はクロとどこまでも行こう。この世界を狂気に染め上げてやる。
 痛める良心なんて最初から持ち合わせなくても良かったんだ。こんな契約に乗る奴は皆、人間の屑なのだから。
 俯いた顔を上げた私の瞳は、今までに無い程に強く光っていたと思う。

 そう、私は“シロ”なんだ。

 赤にも染まらない唯一絶対のシロ。それが私なのだから。



作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文