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人間屑シリーズ

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 ぴんぽーーん、という馬鹿馬鹿しいスイッチの音が鳴り響いた。
「はぁー………っ」
 安堵のため息が聞こえると同時に崎村の携帯が鳴った。
 崎村が慌てて携帯を確認するのが、姿は見えなくとも気配で分かる。
 クロは――と見ると、携帯を見ながら笑っていた。
「ふ……ふふふふ……」
 崎村が不意に笑い始める。
「どうしたんだ? カオリ!」
 池垣の焦燥感たっぷりの声。
「……気安く触らないでくれる?」
 崎村の冷たい声が響き渡った。
「カオリ……?」
「気安いって言ってるのよ」
「な……」
 一体何が起こったのだろう? クロが?
 そう思ってクロを見たけど、クロはまるで預かり知らぬという表情だった。
「これで私は生き残ったわ。一千万と言う借金を背負ってね」
「カオリ……どうして……君は……そんな馬鹿な契約を」
「今さらね。聞きたい事は違うでしょう? どうしてそんなバカな契約を、その受取をあなたにしたかでしょう? あなたが聞きたいのは、何故自分を巻き込んだかって事でしょう?」
「そ……れは……」
 ここからでは二人の様子は全く伺えない。けれどその会話だけは鼓膜を震わせている。
「あなたが憎いからよ」
「っ!」
「なぁに、その驚いた顔は。わざとらしい」
「君は……」
「一千万の受取をあなたにしたら……あなたは一生私を忘れないでしょう? 一生悔いて悔いて……後悔して生きるでしょう? 私を裏切って、私から逃げた事を……!」
「そんな事の為に君は……っ!」
「そんな事? あなたにとってはそんな事かもしれない。でも私にとっては大きな事よ。私が結婚するって言ったのはそう言う事よ!」
「……っ!」
 じゃり……というコンクリートをハイヒールが踏みならす音が聞こえた。
「あなたのその苦痛に歪む顔が好きだった……。私が自分を切り刻む度に、その痕を見つける度に歪むその顔が好きだった……。好きだったのよ、隆一」
 トスっという人と人が重なる音が静かに広がる。
「カオリ……」
「何を泣くのよ。変な人ね……」
 私はクロにそっと手を伸ばした。
 クロも黙ったまま、私の右手をいつものように包み込む。
「一緒に……返済していこう」
 池垣の低く静かな声がする。
「ふふふ……。もっと簡単な方法があるんですって!」
 相反するかのような崎村の高く弾んだ声。
「それは……カオリ……!?」
「あら、さすがね。私が何をしようとしているか、分かっちゃったんだ」
 言いながらも崎村は素早く携帯を触っているようだった。
 携帯と携帯ストラップがぶつかり合う、ガチャガチャとした音が慌ただしく響き渡る。
「やめるんだ!」
「ざーんねーん。もう送っちゃった」
「カオリ……いたずらで済ませるんだ」
「イヤよ」
「貸しなさい」
「イヤ! 絶対にイヤ! 私を警察に突き出せば? 新たな被害者を出したくないと言うのなら!」
「君以前に突き出す人間はいるだろう」
 池垣の言葉に心臓を鷲掴みにされたような気がした。無意識の内に体が震え始める。
 そうだ……こんな事は……すぐに捕まる事だ。
 ガクガクと震える私の右手をクロがぎゅっと握りしめる。クロ……?
 クロの表情はいつも通りの自信たっぷりで……。私は少しだけ……そう、ほんの少しだけ落着きを取り戻した。
「やってみなさいよ……。でも私はやめない。このゲームに乗ったんだもの。やめないわ」
 崎村の冷たい声が響き渡る。その声はまるで機械音声のように無機質だった。
「カオリ……」
「なあに、その情けない顔」
「止めるなら今だ。止めなければ……」
「いつでもどうぞ。私をもう一度裏切る勇気があるのなら」
 そう言い残すと崎村のハイヒールの音は、どんどん遠ざかって行った。
 池垣は後を追おうとはしなかった。いや、本当は追いたかったのかもしれないが、足が言う事を聞かなかっただけか。

 とにかく、最初の契約は完了した。
 完了してしまったのだ。



作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文