人間屑シリーズ
日曜日の午後六時を過ぎたころ、ついにクロは動き始めた。
「さて……じゃあそろそろコレを置きに行こうか」
微笑すら湛えながら、右手に持った例のスイッチをヒラヒラと振って見せる。
「うん……行こう」
私もそれに頷く。
自分の命が残り二時間を切ろうとしている今、崎村は大きな混乱の中にいるのだろう。それはきっと些細な奇妙さにも気付きはしない。正常な判断力が鈍った世界での勝負なのだ、これは。
「どこに置くの?」
玄関で靴を履きながらクロに尋ねる。
「そうだなぁ。最初に池垣と話したあのパーキングにでも置こうかな」
「どうして池垣の?」
「ああ。今一緒にいるんだよ、あの二人」
意外では無かった。
結局はそんなものなのかもしれないと思った。毎日罵りあっている狂気の夫婦を親に持つ私としては、とても自然にすら感じた。
クロは私の右手を、その冷たい左手で握るとそっと歩き出す。
私達に殺されると――今も必死に足掻いている人間がいるとは思えない程に、その歩みはのんびりとしたものだった。
私達が駐車場を目の前にした時、クロの携帯がちょうど鳴った。クロはパカリと携帯を開くと満足そうに微笑む。
「うん、これで丁度十回目。見事一千万だ」
クロはそう言うと素早くメールを打ち返す。
「完了……と」
クロはご機嫌な声でそう言うと、スイッチをコインパーキング内の車止めの陰にそっと置いた。
「さ、少し離れよう」
クロはそう言って私の手を引くと、パーキングエリアの一番奥に止めてあった軽トラックの影へと隠れた。
「こんな所にいてバレないの?」
小声で聞くと、クロも小声で返してくる。
「大丈夫。二番の陰にあるってメールしてある」
確かにクロがスイッチを隠したのは“2”と表記されたエリア内の車止めで、そのエリアはパーキングの入り口付近だった。
身をひそめてから十五分程時間が経過した頃だろうか。
慌ただしい足音が聞こえてきた。
――来た! と思うやいなや、その足音は次第に大きくなっていく。
「……どこ?! どこなのよ……!」
「落ち着くんだ、カオリ!」
男女の声がする。
崎村と池垣である事は間違い無かった。
クロは携帯を開き、何やら忙しそうに打っていた。
「あった!」
崎村の一際大きな声と、今にも転びそうな勢いの足音がしたその数秒後――