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人間屑シリーズ

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 やがて一つの茶色いマンションの前で、クロは立ち止った。
「ここだよ」
 そう言うと胸から取り出したカードキーで、入口のオートロックを開けた。自動ドアは開いて中へと歩みを進める。エレベーターを呼ぶと、慣れた手つきでクロは五階を押した。
「ここってクロの家?」
「まさか」
 そう言ったクロは少し冷ややかだった。双眸は遠くを見ているみたいで、それが少し寂しく感じた。
「じゃあ……」
 ここって……と言う前にエレベーターが五階に着いてしまった。
 五階には四つの扉があって、そこの一番右端の扉の前にクロは私を導いた。扉の右上に設置されたカードリーダーにキーを通すと、ピピっという小気味の良い音と共にドアロックが解かれた音がした。
 扉を開けながらクロは私に向かって微笑む。それにはもう先程までの冷たさは微塵も無くて、いつもの綺麗なクロの笑顔だった。
「ようこそ、僕らの秘密の聖域へ」
 クロの左手が私の右手を引くと、私の右足はそのまま室内へと侵入した。

 玄関の明かりがオートで付くと、クロは自然な手つきで室内の電気を次々に付けていく。
 室内は蛍光灯では無く全て白熱電球で統一されていて、光が滲むその空間は幻想的にすら感じられた。
 間取り自体は一般的なワンルームマンションといった感じだったけれど、異質に思ったのは室内が全て黒で揃えられていた事だ。カーテンは分厚い遮光カーテンで、勿論その色は真っ黒。テーブルもソファーも真っ黒で、テレビもパソコンもクローゼットも本当の漆黒。カーペットも黒なら、壁紙までもが黒だった。その様に何だか黒い箱の中に納められたような錯覚すら覚える。
「ここって…?」
 靴を脱ぎ室内に上がりながら尋ねる。
「はい、これがシロのキー」
 私の質問には答えず、クロは胸ポケットからスペアキーを取り出し私に手渡した。
「あ……ありがと」
「僕はいつもここにいるから。シロが来たい時にいつでも来て。そして居たいだけ居ればいい」
 ここはクロのご両親が借りてくれたんだろうか? だとしたら、私は挨拶くらいには伺った方がいいのかな?
「ねぇクロ。私、クロのご両親にご挨拶に行った方が良くない? ここってクロのご両親が借りてくれたんだよね?」
「あいつらは関係ないよ」
 即答だった。
 そしてそのクロの声には今までに無い冷たさがあったから、私はそれ以上は何も言えなかった。
「これでも見ながら座ってて」
 クロはそう言って持っていた封筒を手渡すと、私をソファーに座らせた。
 封筒を開けて中身を確認していると、キッチンに向かったクロから声がかけられる。
「紅茶でいい?」
「あ、うん。なんでもいいよ、ごめん」
 キッチンからはカップを用意する音と、お湯を沸かす音が聞こえる。クロにお茶を淹れて貰うなんて、なんだかくすぐったい。少しはにかみながら、言われた通り封筒の中に入っていた書類に目を通す事にした。
 書類は二種類あって一つは“ローンの契約書”、もう一つは“メールでの決定事項は絶対である”といった内容の誓約書だった。
「おまたせ」
 この書類は何なのだろう? と首をかしげている内に、クロが紅茶を運んでくれた。ダージリンの良い香りが鼻腔をくすぐる。
「ありがとう」
 ウェッジウッドのカップを口につけ、一口。
「うん、美味しい」
「そう、良かった」
 私とクロは微笑み合う。
 そんな平穏な空気の中、クロはいよいよ計画を説明し始めた。
作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文