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人間屑シリーズ

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「じゃ、計画を教えるよ」
 私は居住まいを正して、クロの声に集中する。
「まず、その契約書はちゃんと法的に有効なものだから」
「そんなものをどうやって?」
「……大した事じゃあ無いよ」
 クロの瞳に、また冷たさが宿る。
 それはほんの一瞬だったけど、何かを憎むような冷淡さが伝わってきたので、私はそれ以上に聞く事は出来なかった。
「僕たちは一千万で命を買う。一千万は七日後に殺害を実行する事で、相手の望んだ銀行口座へ支払われる。けれどお金は必要無いんだ。なぜなら大抵の人間は途中で殺される事を放棄するだろうから」
「? ……放棄しなかったら? 一千万はどうするの?」
「死人に口無し。そんなものを支払う必要は無い」
 クロは微笑みながらそう言った。
「……そんなもの誰が信用するの? だって本当に殺してくれるかどうかすら分からないじゃない」
 私がそう言うとクロはまた胸ポケットから、今度は一枚の紙を取り出した。
「これ、夕方のニュースの時に確認したら面白いと思うよ」
 そう言ってクロに渡されたその紙には、三人の知らない人間の名前と死因が書いてあった。死因はそれぞれ事故と火事とあるが、一体これは……?
「さっきのメールの相手にもこれは送ってある。あたかもこの人達が契約者で、僕が殺したような文面でね」
「この人達……死んじゃってるの?」
「ああ、夕方の地方ニュース…。もうすぐだね」
 そう言ってクロはテレビの電源を入れた。
「最初の一人さえ成功すれば、全て上手くいくんだコレは」
 地方ニュースが始まるまであと十分程度。それまでの間、他に気になっている事を質問してみる。
「死を放棄した人はどうなるの?」
「契約をリセットするには、当然ペナルティが課せられる」
 そう言ってクロは、クローゼットから一つのスイッチを取り出した。それはファミレスとかによくある店員さんを呼ぶ時のアレだ。
「これは死にたく無くなった人間が押すスイッチだ」
 ぷっ、と思わず吹いてしまった。
「あはは、ずいぶんなスイッチだね」
「馬鹿げているだろう? でも、この馬鹿っぽさが最高に良いんだ」
 クロもくすくす笑っている。
「それで? それを押せば契約は解除なの?」
「そうさ。だけどこのスイッチがどこに置いてあるかは、契約者には分からない。そこで契約者達はヒントを買う事になるんだ」
「ヒント?」
「そう、ヒント。ヒントは一回百万円で購入出来る」
「百万? そんなお金、無い人はどうなるの?」
「そこで」
 クロはテーブルの上の契約書をトントンと叩く。
「これの出番。ローン契約と同時に、メールでヒントを与える。」
「じゃあ……すっごい焦らしたらボロ儲けって事?」
 私の単純な質問に、クロはハハッと愉快そうに笑った。
「それはダメだよ、シロ。一千万で命を売った人間が、二千万も三千万も借金してまで生きながらえたいと思うと思うかい? まず間違いなく死を望むと思うね」
 クロはそう言って私の瞳をじっと見つめた。
「一千万。借金は捨てた命と等価値でなくてはならない。つまりヒント十回でスイッチを見つけさせなきゃいけないんだ。勿論八百万位で見つけさせてもいいけど、それはケースバイケースだね。間違っても一千二百万以上にしてはいけないよ。それ以上になってしまえばそれは生きたいと願う人間を殺しかねないからね」
 クロの真っ黒な瞳は真剣そのものだ。
「じゃあ……ヒントを買わずに、死を選んだ人はどうなるの?」
「それは勿論」
 クロはにぃっと笑った。
「僕の食事だよ」
 背筋が凍るほどに美しいその微笑みに、恐怖より何より私は純粋に見惚れてしまう。
「あ、ほら」
 クロがテレビを指さすと、丁度地方版のニュースが流れている所だった。
 そしてそれは、クロの持っていた紙に書かれていた事件の報道だった。
「クロ……どうして? どうしてこんな事が……」
 分かるのだろうか?
 でもその話をしたら、クロはまたあの冷たい目でどこか遠くを憎むのだろう。だったら……何も聞かない方が良いのかもしれない。

 そんな事を考えていると、携帯のメール着信音が鳴り響いた。
 相手のアドレスは、先ほど契約をしたいと言ってきた人間のものだった。
 クロと私は無言で目と目を合わせて――先に笑ったのは、やっぱりクロ。
「さ、始めよう。世界を狂気で包みこむのはここからさ」
 ――クロとなら。
 クロがそう言ってくれるなら、私は安心して狂気に染まっていける気がした。



作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文