人間屑シリーズ
クロの計画
まず私が最初にした事は、携帯のサブアドレスを取得する事だった。そしてそのアドレスを使って、不特定多数の人間にメールを送る。知り合いにも送ったし、適当な文字列を入れたりもした。とにかく無差別に送りまくった。
その内容はこうだ。
『一千万で殺害されてみませんか?』
これだけだった。
「こんなものに引っかかる人なんている?」
私が不服そうに言っても、クロは微笑むだけだった。
「一人。たった一人でいいんだよ、シロ。一人の馬鹿が見つかれば、この計画はあっと言う間に浸食していくよ」
本当だろうか? というか、こんなものに反応を示す人間なんているんだろうか。明らかに怪しいし、何より突拍子も無さ過ぎて現実に組み込む事なんて出来ないのが普通じゃないだろうか。
しかし、その馬鹿は思いのほか早く現れた。
私がメールを送り始めてから三日目に、運命のそのメールは届いた。
着信音が短く鳴った携帯を開くと、そこには目を疑うような文字が浮かんでいた。
『本当に殺してくれるの?』
来た! 本当に来た! 文字を認識するなり、私は小さくガッツポーズをとった。時刻はと見やれば、折しも夕方の四時過ぎ。十月下旬の今、日の入りまではあと三十分といった所だった。
私は急ぎクロに電話をかけた。
「はい」
三回目のコールでクロは出た。私はもういてもたってもいられないような心地で、早口で用件を伝える。
「クロ? メールが来たの! 本当に殺してくれるかって!」
興奮したままの私の、短絡的な言い方だったけどクロは十分に理解してくれたみたいだ。
「そうか。じゃあ、いつもの公園で待ってて。僕も後少しで行けるから」
クロは満足そうにそう言うと、電話を切った。クロの声が途絶えた携帯を握りしめる手が、自然に震えていた。
ああ、クロ! ここから何が始まるの? こんな馬鹿みたいなメールから、一体何が出来るっていうの? 私達にはお金だって無い。何も無いんだよ?
全く見えないその計画に不安を覚えながらも、どこか気分の高揚を抑えられないまま、私はいつもの公園へと向かった。
*
午後五時十五分。
日は沈み、私が公園のベンチに座って待っていると、闇に溶けながらクロがふっと現れた。
「やあ」
いつも通りのクロ。
ただ今日は右手にA4サイズの封筒を持っていた。
「メールは?」
「これ」
私は尋ねられたまま、クロにメールを見せる。
「うん、いいね」
クロは満足そうにそう言って、何やら返信を打ち始めた。
「どうするの?」
「うん、契約をするんだ」
契約? 私には全く分からなかった。
「よし、と」
クロはメールを送信し終わると、私の右手をいつも通りに握る。
「さあ、シロ。行こうか」
そう言って、私をベンチから立たせる。
「行くってどこへ?」
私の問いかけに、クロはいたずらっ子の少年のような屈託のない笑顔で答えた。
「僕たちの秘密の部屋さ」
秘密の部屋? それって……?
「歩きながら説明するよ」
クロがそう言うので、私はクロに導かれるまま歩きだした。
今日も月が綺麗。
ぼんやりと星が瞬き始めた空を見ながら、肩を並べて二人で歩く。握りしめたクロの手が冷たくて気持ちがいい。
「僕はさ、昼間は外に出られない」
公園を出て、街灯の下を歩きながらクロは言う。
「だけどこの計画を成功させるには、昼も夜も関係なく動かなくちゃいけないんだ」
「うん」
「だからシロ。僕は僕たちの秘密の部屋を用意したんだよ」
秘密の部屋? さっきもクロはそう言ったけど、それって一体どういう事なんだろう? などと考えている間にも、クロは私を連れてグングン歩いていく。