人間屑シリーズ
一人きりの教室で外を見ながらぼうっとしていると、やがて教室が賑やかになってきた。時刻は午前八時二十分を過ぎ、始業が近付いた教室は徐々に人で埋まっていく。
「おはよう!」「おはよー」「昨日のアレ見たぁ?」「見た見た」なんていう下らない会話が次々と流れ込んできて、私も近くの席の子などには適当に挨拶を交わしたりする。
まだ始まってすらいないのに「ああ、早く終わらないかな」なんて一人ごちた。終わった所で帰りたい場所なんて、どこにも無いのに。それでもやっぱり学校が嫌いな事にも変わりはないから。
退屈な授業を受け、放課になる。
これを繰り返す内に、一日の大半は終わる。
三時間目の放課――
教室にいるのもどこか居たたまれなくて私はトイレに立った。
女子トイレにはいつも通り“群れ”がいる。なぜトイレにまで一緒に来るのかが私には未だに分からない。
逃げるようにして個室へ入った。そこはたった一人の空間。安堵の息を吐こうとしたその時、
「っ!」
鼻腔をあの臭いが支配した。生臭くて重低音のように脳にこびりつく、私の大嫌いな生理の血の匂い。
気持ち悪さにたまらず、個室の壁に背をつけたままズルズルとしゃがみ込んだ。
臭いの元を目で辿ると、汚物入れの蓋が開いていた。震える手で蓋を本来あるべき位置へ戻すと、臭気が少しだけマシになった気がした。
「はぁ……っ……はぁっ……」
大きく息を吐く。何度も。鼓動は速く打ち続けていて、同時に眩暈を引き起こした。
全く……女は最低だ。あんな醜悪なものを体内から垂れ流すなんて。考えられない。
私は今年で十六になるが、未だに初潮がきていない。
でもそれで良かった。子供なんていらないし、セックスだってしたくない。あんなものは穢れ以外の何物でもない。経血は穢れの象徴だ。赤黒くドロドロとしていて、あれは女そのものだ。私は、そんなものにはなりたくない。
私が未だ“女”で無い事は誰も知らない。両親だって知りはしない。パパやママは自分達の狂気に夢中で、私の変化には目もくれない。……でもそれでいい。こんな事で騒がれたくも無い。私は……私は……。ああ、ダメだ。
「う……おぇぇ……っ」
吐いてしまった。思考を停止して自分の吐しゃ物をにらみつける。全く……何もかもが汚らわしくって涙が出る。
水を流して口を覆いながら個室を出た。早く口内を漱ぎたかった。俯いて手で口を覆ったままの私を、洗面所の前にたむろしていたクラスメイトの一人が見止めて驚いた顔をした。
「どうしたの? すごい青ざめてるよ! 保健室行く?」
お前らのせいだ。
お前らが汚いものを垂れ流しているからだ。だから私はこんな思いをしているんだ。上辺だけの心配の言葉なんて可笑しいにもほどがある。
「……大丈夫。自分で行けるから。ありがとう」
内心の憎悪を隠したまま形だけの言葉を交わして、フラフラとした足取りで私はトイレを立ち去った。
嫌いだ。家も学校も人間も。
嫌いで嫌いで嫌いで。
だから神様、どうか私の気を狂わせて下さい!
そうしたら何もかも分からなくなれるのに……!