人間屑シリーズ
五日目
昨晩も妻は深夜にクローゼットを開け閉めする作業を始めた。
あれに一体どんな意味があるっていうんだ。……分かるはずもない。
朝はまず最初に妻のオムツを換える事から始まる。
以前なら妻の淹れてくれたコーヒーを飲みながら、新聞を読む事で始まった朝。それが今は糞尿の臭いにまみれながら、妻を風呂に入れる事が第一の仕事だった。
妻の体を支えながら、手足の一本一本を洗っていく。妻はやはり遠くを見て言う。
「ぴーーーぽこーーー」
泡の付いた手を楽しそうに振りかざす。やめてくれ、洗いにくい。
……とにかく疲れていた。
妻に食事を取らせると、いつの間にやらソファーでうつらうつらとしてきた。まどろみが温かく俺を包み込む。ああ……やっと休める。
意識が拡散していく。
ガチャーーン! という激しい音で今にも眠りの中へと引きずりこまれそうな意識が、一気に覚醒した。……今度は何だ?
「ぴぽっ! ぴぽっ!」
妻は食器棚から何やらと食器を取りだし、それを割って遊んでいた。ガチャン! ガチャーン! という陶器の割れる音が繰り返される。
……頼む、もう。
ガッチャーーン! というひと際大きな音が鼓膜に響く。ああ、もう……!
「いい加減にしてくれ!」
大きな声が出た。
妻は不思議そうに小首をかしげると、「ぴぽこーー」と言いながらリビングから走り去って行った。
……疲れる。本当に。
鉛のように重くなった体を持ち上げ、後片付けをするべくキッチンへと向かう。沢山の食器が割られている中で、妻から私に送られたバカラのワイングラスが目に入った。
ため息を吐きながら破片を拾い集め、掃除をする。重たいバカラのガラスが、より一層重く感じられた。
「っ!」
ガラスの破片が指先を切った。赤い筋がつーと皮膚の上を走っている。
「………っ」
涙が出そうだった。
情けなさと悔しさと、憎しみと愛しさ。
全ての感情が混ざり合って、濁流のように心を支配した。