人間屑シリーズ
少しばかりの沈黙が流れた。その間、惣ちゃんは何か考え込んでいるようだった。
「ぴーぽこー」
沈黙を破ったのはやはり妻だった。
声を発すると妻は突然カーテンに向かって走り出し、勢いを付けて飛びかかった。妻の体重にカーテンが引っ張られ、ブチブチと音を立てながらプラスチックの留め具が盛大に外れていった。カーテンが引きちぎれると、それに包まっていた妻はドターン! という大きな音を立てて、その場にひっくり返った。
「よう子……!」
俺は名前を呼んだだけだった。一体何がしたいんだ、コイツは!
「大丈夫っ?」
惣ちゃんは俺が突っ立っている間にも、妻に駆け寄り怪我がないか気にかけてやっている。……本当に出来た男だよ、お前は。
いや、違うな。今来たばかりで、そして帰れる場所があるからだ。俺だって惣ちゃんの立場なら優しく出来る。無責任にどこまでも優しさを演じられる。だけど、俺は昨日からのたった二日でもうヘトヘトだ。そしてこれがいつまで続くのかも分からない。優しくなんて、いつまでもなれるはずがなかった。
「大丈夫みたいだね」
惣ちゃんは言いながら、カーテンを妻から外す。散乱したプラスチックの留め金を集めると、元通りにカーテンを取り付けた。
「ありがとう、惣ちゃん。もういいよ」
そう言うと、俺は惣ちゃんに帰宅を促した。
いくら惣ちゃんといえど、これ以上のみじめったらしさを見せつけるのは嫌だった。
「いや……でも……、大丈夫? 手伝える事があれば……」
「ありがとう、でも今日はもういいよ。本当にすまないね」
目を伏せながらそう言うと、惣ちゃんは悲しそうな声で「いつでも連絡して」とだけ言い残し、帰って行った。
――他人の優しさすら正面から受け止められない。それは余計に自分自身への苛立ちを募らせた。
*
惣ちゃんが帰った後、俺は妻にオムツをはめ寝室に連れていった。
とにかく疲れていた。
妻はベッドに入るなり、すぐに眠ってくれた。俺もまた目を閉じるとすぐに意識は飛んでいった。
*
ガターーーン! という大きな音で目が覚めた。
何事かと思い周囲を伺うと、妻はクローゼットを開けたり閉めたりという動作を繰り返していた。
妻がクローゼットを開閉する度に、ガターン! ガターン! という音が寝室を支配する。時計を確認するとまだ午前三時前だった。
……勘弁してくれ。お前は一体、何を考えているんだ。
俺は妻を押さえつけ、ベッドへと戻す。
「ぴぽっこ! ぴぽーー!」
妻は俺に反抗しながらも、クローゼットに向かって手を伸ばし続けている。何がしたいっていうんだよ! 全く考えが読めない、話も通じない。妻はまさに宇宙人だった。
それでも何とか妻を寝かしつけた頃には、時刻は午前四時を回っていた。
妻はスヤスヤと眠っているが、俺は妻を寝かしつけるのに精いっぱいで完全に意識が覚醒してしまっていた。どうしたって眠れなくなっている。
煩悶とした気持ちを押し殺しながら、夜が明けるのをただただボーっと待っていた。