人間屑シリーズ
*
夕方インターフォンが鳴った。
モニターで確認をすると、そこには旧友が立っていた。両手にいっぱいのスーパー袋を抱えている。頼んだものを運びにきてくれたようだ。
扉の向こうに立っているのが昔馴染みの人間だと確認できると、俺は急いで扉を開けた。
「やぁ、惣ちゃん。すまないな」
そう言って軽く頭を下げた。そのまま中へ入るよう促すと、旧友“梅林惣一郎”は室内へと足を踏み入れた。
「よう子ちゃん大丈夫なのかい?」
「電話で話したような状態だよ」
俺の顔を見るなり真っ先に妻の事を尋ねられた。本当に心配してくれているのだろう。
惣ちゃんと俺は中学からの同級生だ。同じ中学を出て高校を出て大学まで同じだったのに、俺は刑事で惣ちゃんは現在もコンビニのアルバイト店員である。どうしてこうも人生が違うのかとも思うが、おそらく俺は程良く卑怯で、惣ちゃんはどこまでも愚直なのだろう。
しかしこの状況で俺が頼れるのは惣ちゃんしかいなかった。
惣ちゃんにはどんな無様な姿でも見せられる。なぜなら俺がどんなに無様になろうと、惣ちゃん以下になる事は無いから。我ながら最低の選択肢だなとは思うが、正直な気持ちだから仕方がない。友人とは言いながらも、俺はいつもこの小男をどこかで馬鹿にしていた。
「そうか……。よう子ちゃんに会ってもいいかな?」
「ああ、リビングにいる」
惣ちゃんは俺に買って来たものを渡すと、よう子の元へと歩み寄っていった。
「よう子ちゃん、久しぶり」
「ぴーぽこーーぉ」
「元気そうだねぇ、よう子ちゃん」
惣ちゃんは妻の豹変にも差別的な視線を向けなかった。以前のまま優しく妻に語りかける。妻も言葉は通じないが、惣ちゃんとの会話を楽しんでいるようだった。
俺は妻からほんの少しだけ解放されたような気持になり、安堵しながらスーパー袋を漁った。食料品や日用品、そして大人用紙オムツ。頼んだものは一品たりとも欠ける事無く、用意されていた。
「ありがとう、惣ちゃん。ここに代金置いておくから」
リビングテーブルに少し多めの金額を置いた。
「ありがとう、っとお釣りを……」
リビングに置かれた金額を確認すると、惣ちゃんは自分の財布をさぐったが、俺はそれをそっと制した。
「いいよ、気持ちだから。取っておいて」
「でも……」
「頼むよ、その方が気が楽なんだ」
俺がそう言うと、惣ちゃんは少しだけ寂しそうな顔をしてから「ありがとう」と言い、財布に数枚の福沢諭吉をしまいこんだ。以前の惣ちゃんなら何がなんでもお釣りをきっちりと渡してきたのだが、俺の心情を汲み取ってくれたのだろうか。
少しばかり違和を感じたが、すぐにその違和感は無残な現実の前に溶け消えた。
よう子の事を目に捉えたまま、惣ちゃんは重く口を開いた。
「よう子ちゃん……、大変な事になったね」
「ああ……。でも医者の話では今度の流星群で宇宙に帰る気なんじゃないかって話なんだ。だから、あと六日後には何らかの変化があると思う」
「変化って?」
「……分からない。宇宙に帰るっていう事がどういう事なのか」
惣ちゃんは不安そうな顔で俺を見たが、俺自身見当もつかなかった。六日後には妻の意識はもしかしたら回復するのかもしれない。もしくはもっと悪化してしまうのかもしれない。どうなるのかなんて、全く予測がつかない。