人間屑シリーズ
「別れてよ……」
一転して重く静かな声が空間を支配する。
女はくすくすと笑いながら両手で包丁を持ち直す。
「ねぇ……別れてよ……。あんたなんか本当は愛されてないんだからね……? あんたも私と一緒なんだから……。何も変わらないんだから……。同じように蔑まれてるんだから……」
妻が後ずさる音がする。
「だから……別れてよーーーーーっ!」
包丁を持って女は妻へと倒れこむように向かってくる。
「やめろーーーーー!」
俺は女の腕に掴みかかると、力づくでその手を捻りあげた。
カラン……と乾いた音を出して包丁が玄関に落ちた。
女は茫然とそれを見つめると、やがて静かにその場に跪いた。
はぁっ、はぁっ、はぁっという荒い息だけが辺りに響いている。この息は誰だ? 俺か? 妻か? それともあの女か? 余りにも突然にやってきた計算外の現実に、未だに脳が追い付いていない。
どれ位の時間が経っただろう? 数分? あるいは数秒だったのかもしれない。女は憎悪の炎を瞳に宿すと、素早く落ちた包丁を手に取り妻へと向かって一気に駆け出した。
「よう子!」
俺は妻の名を呼んだ。
妻は女の目を見つめていた。
女は妻の目の前で派手に自分の手首をかき切り、そしてそのまま自らのの太ももに包丁を突き刺した。
ブッシャアアッと音すらたてながら、馬鹿みたいに血が噴出した。
妻は丸い目を見開いたまま、女の血を浴び――そしてそのまま気絶した。
俺はすぐさま女に近寄り止血を試み、救急車を呼ぶと、後はもう茫然と立ち尽くすのみだった。
どうしてこんな事になったのだろう……。
妻も女も完全に欺いていたはずなのに……。
どこに落ち度があったというんだ……。
救急車のサイレンの近づく音を聞きながら、俺はその場に膝をついた。
*
幸いにも女は派手に出血はしたものの命に別状は無く、妻もまたショックの余り意識を失っただけで外傷等は全く無かった。
俺は胸を撫で下ろし、さて妻になんと言おうか等と考えていた。だがしかし、そんな心配は必要なかった。
意識が戻った時、妻は宇宙人になっていたのだから。
医者は言う。
極度のショックにより、一時的に混乱しているのだと。前後の会話から鑑みるに、妻は一週間後に来るという流星群によって宇宙に帰るつもりなのではないか? と。
ワケが分からなかった。
しかし、俺と宇宙人になった妻との生活は突然に始まったのだった。