人間屑シリーズ
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二時間――――。
並んでいる間に冷静さが加速してくる。
メールの『頑張ってるみたいだね』そして『正解は黄色』。この二つが、サイコ野郎が今この瞬間もどこかから見張っている事を示している。本当にいつでも殺そうと思えば殺せる……という事なんだろう。
辺りを見回してみるが、怪しい人間など見つけられるはずも無い。怪しいと言えば全ての人間が怪しく見え、同時に全ての人間が何も知らないただの客のように見えた。
考える事はもう一つある。さっきまでは客なんか殆んどいなかったのに、どうして急にこんなに客が増えたんだ? 毎年の恒例のように冬の間、このアトラクションの人気は下がる。まして今日は平日で、おまけにクリスマス明けだ。カップルの数だって少ない。なのになぜ急にこんなに人が増えたのだろう。あり得ない。
……買っているのか?
ふとそんな考えがうかんだ。そうだ、サイコ野郎がここに並んでいる人間を買収したんじゃないか? そう考えれば辻褄が合ってくる。このアトラクションに並ぶだけで小遣い稼ぎになるとしたら……並ぶ人間は多いだろう。
……どうやら本格的に俺を殺したいと見える。
そこまで考えつくと俺は、前に並ぶ女の子二人組に声をかけた。
「すみません、ここに並んでくれって頼まれたりしたんですか?」
勤めて爽やかに言ったつもりだったが、彼女達は小声で「なにこの人」無視しときなって! 危ない人なんだから」などと好き勝手な事を言っている。
「あのっ」
聞こえていないふりをしてもう一度声をかけた。
「でさー、マユミの彼氏なんだけどー」
「あ、なんかバイト先の子と浮気したんだっけー?」
今度は全くの無視という作戦を取られた。
その疎外感に一種の懐かしさすら感じて、ふと会社で働いていた頃が脳裏をよぎった。あの頃もこんな風に、聞こえてねぇフリされてたな……。頭を振って記憶を飛散させた。あんな事は思い出したくもない。
……いや、少し落ち着け。今の俺に声をかけられて気分のいい人間なんかいるわけが無い。意味も無く乗船口で喚き散らし、十本のステッキを所持し、しかもコートが若干臭い。……最悪じゃねぇか。
この列の人間全てが買収されていようといまいと、ひたすら待ち続けるしか無い。そうするしかないんだ。
寒さで頭を冷やしながら待つこと二時間。
俺はやっと乗船口へと辿り着く事が出来た。
同じグループで乗船する人達に頼み“黄色い船”に乗せてもらう。完全に危ない人扱いされているので、誰も“黄色い船”に乗る事を阻まなかった。
乗船するなりすぐさま十体のウチュウくんを光らせ探索を開始する。
ピストル付近。座席の下。安全ベルト。マットの下――どれだけ明かりを照らし、目を凝らし弄ってもスイッチを見つける事は出来なかった。
……大丈夫だ、もう一隻の黄色い船にある事が証明されただけだ。祈るようにそう小声で呟く。無意識の内に痛いほど唇を噛みしめていた。