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人間屑シリーズ

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 乗船しているのは俺だけだった。
 船に乗りこむなりスイッチを探す。所詮は二人乗りの小さな船だ。探す所など知れている。
 まず水鉄砲になっている船体正面に取り付けられたピストル。そのピストルを固定するホルダー付近。そして椅子。座席の下や背もたれ、安全ベルトの影に隠してあるかもしれない。後は足もとに敷かれたマットの下ぐらいが探索ポイントといえるだろう。一周は八分と短いが、その程度を探す分には十分だ。
 早速ピストル付近を調べてみる。室内に作られた薄暗い人工的な海の中では、視界はすこぶる悪かったが、あの程度のスイッチを探すのにさして問題はないだろう。
 ホルダーの隅々まで見るがスイッチは無い。次に椅子を調べる事にする。背もたれと座席シートは取り外しが出来ないタイプだったが、座席の下部には空洞があった。しゃがみこんで手を伸ばし暗闇の中で模索するも、やはり無い。安全ベルトの横にあるわずかな隙間にも手を突っ込んでみるが手ごたえ無し。最後にマット。マットを端からめくり上げ、むき出しになった船の鉄板に目をはせる。そこにもやはり何も無かった。
 マットを元に戻した所で、ちょうど一周目が終わろうとしていた。

「お帰りなさい!」
 出発地点に戻されると、係員の女性が笑顔で出迎えをする。他の客の姿はやはり無い。
 船から降りるなり、すぐにまた乗船口へと回る。
「もう一周お願いします。次はあの青い船がいいんですが」
「かしこまりました! 行ってらっしゃい!」
 係員の女性はマニュアル通りの笑顔を見せ、俺を二グループ目の青い船へと乗せた。

 再び同じ作業を繰り返す。
 無い。
 八分はあっと言う間に過ぎた。

「お帰りなさい!」
 マニュアル通りの笑顔。乗船の列を見ると、カップルが一組だけ並んでいた。その後ろに俺も並ぶ。
 最初に乗ったグループの船が用意され、カップルは青い船に乗り、俺は黄色い船に乗せられた。
 船のグループは海まで運ばれ、アトラクションが開始される。

 カップルは暗がりの中でいちゃついているだけだった。
 この真冬に水鉄砲で遊ぶ奴なんか馬鹿しかいない。冬の間、このアトラクションはカップルの為に存在するようなものだ。少し苛立ちを覚えたが、構わず探索を開始する。俺の行動にカップルは一瞬奇異の視線を向けたが、すぐさまいちゃつく事に戻った。

 無い。
 この船にも無い。……いや、まだ探し始めたばかりだ。焦る事は無い。まだ後九隻ある。

「お帰りなさい!」
 マニュアル通り。俺もそのマニュアルに組み込まれたかのように乗船を繰り返す。
 
 四周目は二グループの緑の船だ。スイッチは無かった。
 五周目は一グループの青い船――これも無い。
 六周目、二グループの紫の船。無い。
 七周目、一グループの白い船。……無い。八周目、二グループの赤い船。……無い無い無い。

「お帰りなさい」
「もう一周」
「かしこまりました」
 係員の女性のマニュアル通りの笑顔が曇る。
「ではこちらへどうぞ」
 用意されたのは最初に乗った赤い船だった。
「いえ、あの緑の船でお願いします」
「はぁ、かしこまりました」
 女性は眉根をしかめる。明らかに不審がられているが気にしている場合では無い。とにかく全ての船を調べなければ。ここにあるのは間違いないんだ。この遊園地で海が見えるアトラクションはこれしかない。

 九周目、一グループの緑の船。……無い。無いぞ! 残る船はあと三隻……!
 十周目、二グループ目の白い船。無い!
 十一周目。一グループの紫の船。無い! 無いっ!
 いい加減、仮想の船で船酔いすら起してきたが、次がラストだ。よりにもよって最後まで当たらないとは我ながら運の悪い事この上ない。だが、次のあの船にあるはずだ!
 十二周目。最後に残ったのは二グループ目の黄色い船だ。
 はやる気持ちを抑えて乗り込み、探索を開始する。
 ピストル付近。無い。椅子の下。無い! 安全ベルトの隙間。無い! 無い! マットの下。無い! 無い! 無い!
 何でだよ!? どうして無いんだ!?

「お帰りなさい」
 マニュアル通りの声で終着したのだと我にかえる。
 何で何で何で……。何でないんだ……。
 絶望し暗がりに視線を落としふらふらと出口へと向かう。
 ――暗がり……?
 そうか! そうだよ! 暗くて見逃してたんじゃないか? それしかない!

 俺は近くの売店でライトになりそうな物を探す事にした。
 時刻は午前十一時三十分を回ろうかという所だった。
作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文