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人間屑シリーズ

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          *

 六度目のヒントの購入。届いたメールはやはり緊張感の無いものだった。
『遅くまでご苦労さまです。スイッチは遊園地の中ですよ。そろそろ寝たいのでメールは控えてね☆ では!』
 クソがぁっ! 人を馬鹿にしたメールに携帯をへし折りたくなる。壁を蹴りたくなる。路駐してある高級車をバットでぶん殴りたくなるっ!
 それでもそんなありとあらゆる破壊衝動を抑えて、スイッチがあると書かれた遊園地へと向かう。
 この地区で遊園地と言えば一つしかなく、それは今いる高層ホテルからも遠くはない。駆け足で向かった結果、遊園地へは三十分もかからずに到着する事が出来た。


「……閉まってる」
 着いた先はライトの一つも灯されていない真っ暗な遊園地だった。当然だった。時刻は午後十一時を回ろうとしていた。夜の闇の世界で固く閉ざされた入場門は、難攻不落の城を思わせた。……だが俺には時間がない。

 迷わず入場門に手を伸ばし、右足をかけた。冷たい鉄の感触が手を痺れさせる。それでも何とか乗り越えようと両手に力を込めた。長年のニート生活で、筋力は自分の思っている以上に落ちていた。この三日、まさに死に物狂いで動き続けている体はもうボロボロだ。
 それでも――それでも動き続けなければ、全てを静止させる“死”はすぐそこまで来ている。門に掛けた右足を、力を振り絞って目一杯に蹴りあげた。瞬間――
 ブーッ! ブーッ! ブーッ! という警報音が辺りを支配した。
 ヤバい。警備システムがあって当然じゃないか。そんな事すら疲れ切った脳みそでは予測する事は出来なかった。

 二分と経たない内に、闇の中に自分以外の人間の気配が広がる。懐中電灯の光が交錯し、数人の男の声と足音が閉園後の遊園地に響き渡る。
 ――次の瞬間、俺はキレイに回れ右。全力で遊園地とは反対の方向へと逃げ出した。
「あそこに人がいるぞ!」
「おい! 君!」
 ヤバい。マズい。キビシい。後ろから掛けられる声を振り切る為に、必死に足を前へ前へと投げ出すように走る。こんなトコで捕まるワケにはいかない。
 警備員達に捕まったとしてどうだ? 「君は一体何をしていたんだね?」「いやぁ、ちょっと命を狙われてまして」「はぁ?」「僕の命のスイッチがここにあるんですよ!」「……。で何をしてたのかな?」ってなるに決まってんだろ! その間にも時間は流れて……。考えただけで背筋に冷たいものが流れる。
 体は限界で足は何度ももつれそうになる。それでも前へ前へと足を出し、アスファルトを蹴りあげる。


 どれ位走っただろう。
 やがて俺を追う音は消えた。

 はーっ、はーっ、はーっという荒い息と共に、俺はその場に倒れこんだ。口の中に血の味が広がる。心臓が痛い。いや、内臓全てが痛い。足が痛い。いや、肉体の全てが痛い。
「うっ……ごほっ……が……っ」
 急に込み上げる苦いもの。
「がはっ……」
 ベチャッという情けない音と共に、胃液がアスファルトを濡らす。
「ち……くしょう……っ」
 何でだよ。何で俺がこんな目に会うんだよ。
 学生の内は上手くいってたんだよ。弟に劣等感を感じながらも、俺は俺で上手くいってたんだ。初任給で弟と一緒に寿司だって食ったんだ。両親には何もしなかったけど、弟には少しだけ兄貴でいたかったんだ。
 でも馴染めなかった。会社という組織に。社会人というカテゴライズに。俺は馴染めなかった。毎日が怖くて怖くてしかたなかった。だから逃げた。逃げたのがそんなにいけなかったか? 何からも逃げない人間なんていねぇよ。
 それとも何だ? その後もニートでヒキってたからか? 親父の葬式にすら出てない屑だからか? 性欲処理の為に先輩に電話した挙句、すぐさま惚れこむような恋愛スキルゼロの腐れだからか?
 ――ノリで命を売るようなアホだからか?
 …………。
 全部だよ。馬鹿野郎。全部の要素が俺が屑なのを証明してんじゃねぇか。最後に顔も知らない誰かの楽しみの為に殺される位が、社会の為ってやつじゃないのか。

「は……ははっ……」
 左頬に冷たいアスファルトが触れる。鼻腔に吐しゃ物特有のすえた臭いが広がる。
 アスファルトに寝ころび、白い息と共に渇いた笑いを洩らす。体は今が休む時だと言わんばかりに、自分の意識しない所で急速に弛緩してゆく。

 ……もう立ち上がる事すら出来ない。
 
 このままここで寝ちまったら凍死するかもなぁ。温暖化が進んでるとはいえ年末、それも着てるのは安物のコートだ。凍死か……。それもいいかもな。もう何も考えられない。考えたくない。
 俺の意識は急速に闇へと飲まれていった。
作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文