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人間屑シリーズ

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七日目



 ライブハウスに着いたのは正午だった。
 昼間のライブハウスに人影は無い。俺は受付でギターをチューニングしていたバイト君に話を付け、中へと入れてもらった。
「どーっすか? この設備でこの値段、ウチはかなり安いですよ?」
 俺をバンドマンだと勘違いしているバイト君に、適当に相槌を打ちながら周囲に視線を這わす。
 無い。無い! 無いっ!
「あのさ、ここ五時間位で誰かここに入ったかな?」
 内心の動揺を抑えながらバイト君に尋ねると、彼は自慢の金髪を触りながら気だるげな調子で記憶を辿りはじめた。
「五時間っつーとー、朝の七時位からって事っすよね? あー……昨日のライブは、二時位まで暴れてましたけど。そっからは客も移動してたんでー、誰も入ってないッスよ。お兄さんが初めてです」
「そうか……。ありがとう」
 俺はそう言うと、肩を落としてライブハウスを後にした。

 無理だ。どう考えても。
 そもそもあんな小さいスイッチを見つけられるはずが無い。こんな事無駄なんだ。ヒントは四回買った。既に俺の命は六百万にまで下がっている。余りにも無意味すぎる。
 ため息をついたその時、ふと先輩の声が脳裏をかすめた。

「死ぬとか、諦めるとかはナシだからね!」

 ……そうだ、諦めるわけにはいかない。俺は先輩に約束したんじゃないか。
 ちょうど携帯から着信音が鳴り響いた。メールでは無く電話の着信音。今の俺に電話をかけてきてくれるのは、勿論一人だけだ。その人の顔を思い描きながら、急ぎ通話ボタンを押す。
「もしもし、私」
 電波に乗った先輩の声からは落胆の色が伺えた。そして俺もやはり同じ気持ちで返す事しか出来ない。
「こっちはダメでした」
「そう……。私の方も探してはいるんだけど……、ここには無いみたい。でもあるのかもしれない……。だって公園って言っても広いんだもん。見落としてるかもしれないし……」
 先輩の声はひどく心細いものだった。そうだ、不安なのは俺だけじゃ無い。俺と一緒にこの不安に抗ってくれている人がいる。それだけで、少しばかり前を向く事が出来る。
「先輩、俺もう一回ヒント買います」
「……百万だよ?」
「でも、このままじゃとても見つけられないから」
「それは……そうだけど……」
「先輩、先輩は何も関係ないのに……こんなバカな俺に付き合わされて……」
「何言ってるのよ、私には君が必要なの。だから、これは私の為」
「先輩……」
 先輩の言葉が死ぬほど嬉しい。それに応える為にもあのフザケたスイッチを見つけなければ、死ぬほど嬉しいどころか俺はマジで死ぬ。
「先輩、じゃあ一度切ります。次のヒントが来たらまた連絡しますから」
「うん、待ってる」
 ……“待ってる”。その言葉を?み締める。待っててくれる人が俺にいるなんてな……。
 そんな事を思うと、瞼の裏にチカチカとフラッシュバックように“家族”が現われた。
 ……待っていてくれたのだろうか。本当は……本当はいつも待っていてくれている人はいたんだろうか。死が近付いた時にしか、目を向ける事が出来なかったけれど、それが現実だったのだろうか。

 思案しながらも俺は、急ぎメールを打った。
『次のヒントをくれ』
 すぐに返事は来た。
『お買い上げありがとうございます☆ そうですねぇ……ズバリ海! が見える所ですよ』
 海! 今度は随分と範囲が狭まった。俺の住むこの街で海と言えば一つしかない――港近くの埋め立て地区だ。水族館や遊園地、ホテルやレストランが建てられているカップルに好評のデートスポット。その地区のどこかにスイッチはある……!
 先輩にその旨をメールで送ると『駅で待ってる』という返事が返ってきた。俺も急いで電車に乗り港駅へと向かった。
作品名:人間屑シリーズ 作家名:有馬音文