人間屑シリーズ
びゅうっという空気を震わす音と共に、新鮮な風が私達を凪いだ。
乱れた髪に視界を覆われ、一瞬私は目を閉じる。
次に瞳を開いた時、クロは屋上のフェンスごしに地上を見下ろしていた。
私も慌ててクロの元へと近付き、辺りの様子を確認する。
「警察だね」
荒い息を整え終わったクロが、ぽつりと呟いた。
私達を追っていた男達は、校門を乗り越えて校舎へと向かって走っている所だった。あと数分もすればあいつらはここを見つけ出すに違いない。
遠くの方から聞こえるパトカーのサイレンの音も、少しずつこちらへと近づいてきている。
……もう逃げ道なんてどこにも無い。
ふいにぬるりとした感触が内腿を伝った。その生暖かい物体に違和を覚えて、何だろうと視線を落とす――
「っ!」
息を飲んだ。私の内腿には赤が這っていた。そんな……どうして……。
「シロ」
クロが私を呼ぶ。ううん、違う。私じゃない。私はもう……今、この瞬間から“赤にも染まらない白”じゃなくなってしまったのだ。私……私は……。
――私は醜いただの女だ。
だけどクロはそんな事には気付きもせず、その美しい声を空気に乗せ続ける。
「シロ、人は傷つけば傷つくほど優しくなれるって言うけど、あれは嘘だね」
クロの学生服が風を含んでばさりとはためいた。
それはまるで蝙蝠の翼のようにクロを中心にして広がっている。
「シロ、人は傷ついて傷ついて傷つき過ぎると歪むんだ。ボロボロになってしまうんだ」
東の空からの白い光が徐々に濃紺の世界を浸食していく。
「ボロボロになった人間は人を陥れる事さえ厭わない。けれどね、シロ。それは他人より何より自分を欺けられるからだよ。人を騙すより、自分を誤魔化す方がはるかに容易いんだ。だから自分に言い訳をしながら、ボロボロになっても、人の中で生きていける」
誰かが叫んでいるのが聞こえる。私達を理解出来ない大人達が、もうじきにここへやってくる。
「シロ、だけど僕はそれを悪いことだなんて思わないよ。だって君はいつもその中で輝かしいまでに“透明”だったから」
違う……透明なんかじゃ無い……。そうやって言いたいのに、さっきから声を絞り出す事すら出来ない。内腿を伝う感触はどんどん広がっている。恐る恐るそこを見やれば、クロから貰った真っ白なワンピースは赤に染め上げられていた。
クロ……。ねぇクロ。私ね、“しろ”じゃなくなっちゃったんだよ。
ごめんね、クロ。