人間屑シリーズ
「シロ、覚えてる? いつか観覧車で言ったあの言葉」
東の空を見つめたまま、クロはそう言うと大きく両手を広げた。
「人は三十%の力で生きてるんだ。だから本当はきっと空だって飛べるんだよ」
クロの学生服が再び風を受けて広がった。吸血鬼に相応しい蝙蝠の翼。
「シロ、行こう」
クロはそう言って、その左手を私に差し出す。
「僕たちはクロとシロ。きっと空だって飛べるんだ」
そう言ってクロは微笑む。いつものように優しく。けれど……ああ! 私はもうシロじゃないの。私の肌は赤に侵されている。私は赤に染まっている。私はもう“しろ”じゃない。“しろ”じゃないんだもの!
ガタンッ! と大きな音が背後で鳴った。
反射的に振り向くと、そこに刑事と思しき三人の男達が息を切らして立っていた。
「動くんじゃ無い!」
一人の男が投げかけてくる。
クロはそんな彼らに向って、綺麗に……本当に綺麗に微笑んで――そうしてフェンスを勢いよく蹴りあげた。
だめよ、クロ! お願い! 待って!
私は思いきり右手を伸ばした。クロの左手に触れられるように。
長く長く伸ばしたつもりのその手は、けれどただ空を切っただけだった。
フェンスの向こうにクロが見える。真っ黒な翼を広げて微笑んでいる。
私も向こうへ! クロの元へ! 私はもう“しろ”じゃない。“しろ”じゃないけど。
フェンスにあと一歩の所で、後ろから凄まじい力で抑えつけられた。
やめて! やめてよ! クロが私を待ってる!
何も知らない大人達を振り払おうと足掻いていると、聞いた事もないような音が辺りに響き渡った。
―――――――――ッ!!
ぐらぐらと思考が揺れる。その音を聞いた瞬間、全身に寒気が走り震えが襲った。足に力が入らない。膝が冷たいコンクリートに触れる。
それでも震える手で這いつくばりながら、フェンスにしがみ付き下を覗く。そこにあったのは――
そこにあったのは黒とピンクと赤の――
誰かが私の体を掴み、後ろへと引きずる。
「ク……ロ……」
呟いた後、私は声にならない声で叫び声をあげた。
「―――――――――――――――――――――――――ッ!!」
遠くで鳴り響くサイレンだけが私の世界を支配していた。
しろ 了