人間屑シリーズ
*
どんな風にして辿り着いたのか、記憶は定かじゃないけれど。
けれど私は帰ってきた。パパとママの住む、あの狂気の家へ。……懐かしい私の本当の家へ。
家の中は暗かった。電気もキッチンにしかついていない。
明かりのあるキッチンへと向かうと、そこにはママがいた。
「……ちゃん?」
ママが私の名を呼んだ。私を視界に入れて、私の名を確かに呼んだ。
「ママ……」
私がそう言うとママはふらふらとした足取りでこちらへ近付く。
「どうしたの? 今日は……お友達の家じゃないの? ママ、お友達にちゃんとご挨拶しなきゃね」
今にも消え入りそうにママが笑った。ママのその顔が私の不安を煽りたてる。小さく息を吸い込んでから、私は思い切ってママに尋ねた。
「ママ……パパの会社って苦しいの?」
瞬間、ママの微笑が凍りついた。やっぱりそうなんだ。あの顔を見れば馬鹿でも理解出来る。
「どうして……、そんな事?」
「分かるよ……ママ。分かるから、隠さないで」
ママは私の言葉を耳にすると、わっとその場に泣き崩れた。
「ごめんね……! ごめんね! ママ達頑張ったのよ。それでもダメだったの。駄目で無駄で、毎日荒んでいくばかり……。あなたに心配をかけたくなくて、あなたにだけは秘密にしておきたかったのに」
私は崩れ落ちたママを抱きしめた。
「ママ……!」
「それなのに……結果はやっぱりダメだった。私達のしてきた事は、あなたに心配をかけさせない所か、あなたに寂しさを与えただけだったわね……」
ママの涙が私の肩を濡らす。
二人は私を守る為に、私を狂気の外へと追い出していたの? 本当は私は愛されていたの? 私の帰る場所はあったの? ママ……! パパ……!
「ママ……パパの会社は……?」
喉がカラカラに乾いていて、必死に絞り出した声は掠れていた。
「心配しなくて大丈夫……、きっと何とかするからね」
そう言ってママはまた涙を零した。
何とかするってどういう事? パパは死ぬ気なんだよ! 自殺でも生命保険って入るんだっけ? 確か入るよね? それにさらにあの“契約”の一千万も加える気なんだ! 自分の命に加算するつもりなんだ、パパは!
……クロに言わなきゃ!!
クロに言って止めてもらわなくちゃ! こんな事、いつまでも続けていい事じゃない! それに……それにパパに死んでなんて欲しくない! パパにクロの食事になんてなってほしくない!
「ママ、大丈夫だからね」
「……ちゃん?」
「パパもママも私が守るから」
言うなり私は玄関に向かって駆け出した。後ろでママが私の名前を呼んでいる。けれど振り向くわけにはいかない。私はクロの元へと行かなくちゃ! そしてクロを止めなければならない。狂気なんて最初から無かった。どこにも無かった。無い物を染め上げようとしていた。そんな事は最初から不可能だったのに……!