人間屑シリーズ
星が落ちる日
二月はあっという間に過ぎさり、三月もあっという間に終わりを迎えようとしていた。
この間にクロの食事となった人間は二人。どちらも自殺として処理されたようだった。
――契約者は今も尚増え続けている。
そうして契約者達が必死になる度に、私達は「バカだ」とそれを嗤った。そうする事で埋めれない何かを満たすかのように。
*
「シロ、今日は夜桜を見に行こう」
ふいにクロが言いだした。
「夜桜?」
「そう。僕はホワイトデーのお返しに、大したものをあげてないだろ?」
そんな事は無かった。クロは私にヴィヴィアンの真っ白なワンピースとカーディガンをくれた。 十分すぎるほどに十分な贈り物だ。
「十分貰ったけど……」
「ううん、僕が本当に送りたいものは今日なんだ」
「今日?」
「そう、今日は絶対夜桜を見に行くから」
「分かった」
クロがそこまで言うのなら、私には拒否する理由なんて無い。
そうまでして何を送りたいのかは分からないが、私達は夜を待つ事にした。
*
夜になり、私とクロは近くの公園へと出かけた。
私はクロのくれた真っ白なワンピースにカーディガンを羽織って。
クロは出会った時と同じ真っ黒な学生服だった。私が「何で制服なの?」と尋ねると「そういう気分なのさ」とクロは言って楽しそうに微笑んだ。
公園の明かりに照らされた桜はとても綺麗だった。
桜は人の血を吸うと、昔の人間が言った気持ちも分かる気がした。
桜の色というものは本当に人の心を魅了する。
「桜……本当に綺麗」
私が囁くように漏らすと、クロは私の右手をギュッと握って笑う。
「見てごらん、シロ。桜よりずっと上のあの空を!」
「え?」
クロに言われて視線をさらに上へと移動させると、きらりと星が流れた。
「あ!」
そう言っている間にまた一つ――きらり。
「すごい……」
「これが僕が君に送りたかったものだよ」
肩ごしにクロの優しい声が届く。
「これって……」
「今日は流星群の日だよ。たくさんの星が落ちる日だ」
夜空には星が流れる。
幾筋も幾筋も。
それは桜と言う名のフレームに収まった、一つの絵画のようだった。
「素敵……」
「流れ星にむかって願いを唱えると叶うっていうけど……シロ、君なら何を願う?」
「そうだな……」
私ならきっと――――
思案しながら流れ落ちる星ぼしを見ていると、ふいに携帯が鳴った。ピルピルと鳴り響いた電子音が、この場にはいかにも似つかわしくなかった。
「契約者?」
クロが眉根をひそめて尋ねる。無粋だと思ったのだろう。
「多分ね」
私もそれに同感、といった表情を作りながらパカリとメールを開く。件名は『契約手続きのお願い』とあった。
「また馬鹿が引っ掛かったみたい」
私はそう言うと笑いながら文字を追う。
けれど次の瞬間そこにあった文字が私の全身から血の気を引かせた。
「うそ……」
呟いた唇が震えている。だって、だってそこにあった契約希望者……その名前は――
「パ……パ……?」
「シロ?」
クロが何か言ってる。答えなきゃ。だけど何も分からない。分からない。どうして。パパが。どうして。
無意識だった。
無意識に私の足は駆け出していた。
「シロッ!」
後ろの方でクロが私を呼んだ気がした。
だけどもああ、もう分からない! 分からないよ! クロ、ねぇどうして? どうしてパパが……! ああ!
思いが絡まって考えが整理できない。それでも駈け出した足は止まらない。前へ前へ、ひたすら踏み出し続けている。
一体あの家に帰るのはどれ位ぶりだろう? 一週間? 二週間? 一か月? 二か月? それとももっと? 分からない。私には何がどうなっているのかが分からない。
なんだか気持ちが悪い。頭も痛くて眩暈がする。パパ……! どうして……? 視界がぐるぐると回る。世界がぐにゃりと歪む。耳の奥で甲高い金属音が響いてる。ああ、パパ!