人間屑シリーズ
*
マンションに戻ると、クロはまだ眠りの中だった。
私はクロを起こさないように気を使いながらキッチンに立った。
トリュフチョコレートは簡単だし、時間もかからない。クロが起きる頃には、チョコレートが固まってさえいてくれれば完成するだろう。
チョコレートを細かく刻んで、沸騰した生クリームと混ぜて溶かす。ボウルの中でドロドロに溶けていくその黒い物質は、まるで私の心のようだった。
ミカは今頃あの男に触れられているんだろうか。あの美しい顔を歪めているのだろうか。
……そんな風にはなってほしくなんて無かったのに。
どうして彼女は他の人間を自分と同じ泥の世界に引き摺り込まなかったんだろう。その方が余程楽じゃないか。頑なに組織のシステムを拒否した彼女は、そのままの意味で私を拒絶したのだろうか。……されて当然だ。ミカからすれば酷い裏切りだ。彼女に「生きてほしい」と訴え、その“死”を妨害した本人が、生き地獄へと誘ったのだから。
……何を考えている? 私はもしかして、彼女に許されたいのだろうか? もしそうなんだとしたら身勝手にもほどがある。
「ふふっ」
自分で自分を嘲笑した。
もういい。忘れなくてはならない。全てこのチョコレートのようにドロドロに溶かしてしまおう。
私はシロだ。唯一絶対の赤にも染まらないシロだ。
私はシロとして生きるしかない。だってそれを否定したら、私には何も残らない。
他の誰がシロを否定しようとも、私だけは否定するわけにはいかない。
溶かし終わったチョコレートに少しばかりのブランデーを入れて、また少し混ぜる。
バットに移して冷蔵庫で冷やす。
パタン、と冷蔵庫を閉じるとベッドの方からクロの声がした。
「シロ……?」
クロはいつも起きると同時に私の名を呼ぶ。私はいつだってクロの傍にいるのに。
「いるよ、クロ」
予想していたよりもはるかに早い起床だな、なんて思いながら私はクロへと近付く。
クロは私を視界に入れると、にぃっと嬉しそうに笑った。
「何してたの?」
「ん、秘密」
そう言って私も微笑む。今日はスイッチの設置の依頼も無い。二人でゆっくりと時間を消費していけば良い。
「ふわぁ……」
クロが大きな欠伸をした。
「眠い? まだもう少し寝る?」
「うん……そうするよ」
そう言うとクロはまた布団の中へと潜り込んでいった。
私は再びキッチンへと向かう。
冷蔵庫から少し冷えたチョコレートを取り出して、小さな大きさにした物をラップでくるんで丸めていく。
あとはこれにコーティング用のチョコレートを塗って、カカオパウダーを振りかければ完成だ。
雑貨屋で一緒に買ってきたラッピング材に出来上がったチョコレートを入れていく。
そうしてそっと冷蔵庫の中にしまいこんだ。
クロは眠っている。私はチョコレートを作って、ミカは体を売っている。今この瞬間もどこかで誰かがヒントを買おうと悩んでいるかもしれない。クロの食糧になるだけとも知らずに、死を覚悟しているかもしれない。
現実と非現実、日常と非日常。
それらが交互に絡み合って、私の心を圧迫していく。
一体この組織はどこまでいくのだろう? 世界を狂気に染めるまで? それともクロが満足するまで? それとも私が――
私が後悔するまで?