人間屑シリーズ
動き出した歯車は止まる事を知らない
あれから十日が経った。
あの日――――赤い目をして帰った私を「雪ウサギみたいだね」といってクロは優しく抱きしめてくれた。私はクロの胸の中で子供のように泣きじゃくった。
あんなにミカを落とせると喜んでいたのに。自分で自分が分からなくなった。本当は友達が欲しかったのだろうか。本当は理解者が欲しかったのだろうか。本当は誰かに自分と同じ痛みを味わって欲しかっただけなんだろうか。……分からない。
ミカの契約者の話によると、ミカは契約者を勧誘する事を拒否したという。
あくまで自分で稼いだお金で借金を返済していくというのだ。
契約者達から流れてきた噂によると、ミカは自分の体を売っているらしい。……あれほどの美人だ。買う男はごまんといるだろう。私が望んだ事だ「あの女を堕としたい」と。その望みが叶ったというのに、私の心はちっとも嬉しくなんて無かった。
今でもミカがあの日最後に見せたあの表情を思い起こす度に、とてつもない不安感が全身を襲う。
……考えたって仕方が無い。
もう既に終わってしまった事だ。
『ハッピーー♪ バレーーンタイーーーン♪』
私の思考を遮るように、つけっぱなしのテレビから呑気な声が聞こえてきた。
そっか。今日ってバレンタインなんだ。
……忘れてしまおう。ミカの事なんて。気にしたって何にもならない。
私はそう決めると、未だベッドで眠っているクロを起こさないようにマンションからそっと抜け出した。
めざすは近所の雑貨店の製菓コーナーだ。
クロに手作りチョコをプレゼントしよう。そうだよ、楽しい事だけ考えればいい。
ミカだって死ぬつもりだったんだから。ちょっと私と話した位で死ぬのを止めるとか、そんなのバカバカしいじゃない。私の言葉に死を放棄させる程の力なんて無い。初めからミカは死ぬ気なんて無かった。そうだ。そうに違いない。
だったらそれは淘汰されるべき馬鹿だ。
自分に言い聞かせるかのように何度も何度も同じ思考を繰り返す。
そうしているうちに雑貨屋に到着した。
製菓コーナーはさすがに混雑していたが、その中から“手作りトリュフセット”を掴み取り、人ごみに揉まれながらレジへと向かう。
帰ったら早速これを作ろう。クロはなんて言うだろうか。喜んでくれるだろうか。
クロの事を思うと、いつだって心が軽くなれる。クロは私の神様だ。