人間屑シリーズ
「シロさん、この組織は本当に素晴らしいですね!」
雪に目を奪われている私の横から男が声をかけてきた。
その声にふと意識が覚醒するような思いがして、ミカを視界に入れる。
ミカは私を見ていた。綺麗な瞳を見開きながら。
「シロ……」
今にもかき消えそうな程に小さなミカの声が“私”の名を呟いた。
そうだよ、ミカ。私はシロって呼ばれてて、あなたを振り回した組織の中心人物なんだ。最初からあなたと友達になりたかったわけじゃなくて、ただあなたを嵌めたかっただけなんだ。全部演技だったんだよ。私はあなたの友達なんかじゃない。
私はシロであなたは契約者。
――それだけの関係なんだよ。
「さ、向こうで詳しく説明しますよ」
「……」
「戸惑うのも無理はありません。でも大丈夫、あなたは幸せになれますよ」
三人の契約者達は口々にそう言いながら、ミカの腕を取ると彼女をどこかへ連れて行こうとする。
汚らしい男の手が彼女の腕に触れた時、何とも言えない心地がした。
けれどそれまでだ。そう、私にはどうする事も出来ない。する必要も無い。
男達に腕を引かれながら私の横をミカがすり抜けていく。その目はガラス玉のように丸くて大きくて、私を射るような視線をひたすらに向けてくる。
すれ違いざま、小さく彼女の口が開いた。
「………っ」
余りにも小さなその声は、私以外の他の誰の耳にも届かなかっただろう。
彼女が最後に私に向けて放った言葉は、責めるような物でも憐れむような物でも無かった。
本来なら泣き喚き、私を罵倒し責めるのが当然なのに。それなのに彼女はそれをしなかった。
私は彼女のその言葉を聞き、彼女の足音が契約者達と共に去っていくと、堰を切ったかのように号泣していた。
「あ……ああ……」
こんな風に声を上げて泣く事はみっともない事だ。見苦しい事だ。醜い事だ。それでも涙は止まってくれない。
スイッチを回収し、すぐさまコンコースを抜ける。
コンコースを抜けた世界では空から降り続けていた雪が、アスファルトも街路樹もコンクリートの建物も全て白く染め上げていた。
その中心に立つと、白い私は世界との境界を見失いそうになった。
私は私なんていらない。どうかこの白い世界ごと降り積もる雪の中へ埋もれてしまいたい。
止まらない涙と嗚咽の中、立ち尽くしていると携帯が鳴った。見るとそれはクロからのメールだった。
滲む世界でそれを開く。
『戻っておいで。僕が待ってる』
そうとだけ書いてあった。
それを読んだらより一層世界が滲んだ。
そうだ、私にはクロがいる。クロは私の全てだ。
溢れる涙を拭うと、私はクロの待つマンションへと戻った。