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A Groundless Sense(5)(完)

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 カツシは泉子を従え、再び構えに入った。
 穴のギリギリまで銃口を近づける。
「さっきのは集中足りなかった。今度は任せて」
 泉子の呼びかけに、カツシはうなずいた。
 最後の一発を発射した。
「うわっ!?」
 カツシと泉子は反動で後ろに吹っ飛んだ。
 蘭がとことこやってきて穴に顔をかざした。ほのかな風が額の髪をかきわける。
「気圧の差が生まれたってことは、確実につながってるってことね」
 千江の一言で、一行は飛び上がって喜び合った。
「ところで、この後どうするの?」
 泉子の一言で、一行は笑顔のまま凍りついた。


 カツシたちは黒ずんだ壁に背をもたれ、並んですわった。
 名も知らぬ鳥が、晴れ上がった空を渡ってゆく。
 残ったのは手榴弾二発だけ。開いたのは五センチの穴。詰めこむことができれば、少しは効果があるだろうが、それでも焼け石に水だろう。壁の厚さは半端なものではない。
 名も知らぬ蝶が、カツシの汗ばんだ鼻にとまった。
「あとは、次の世代に任せるしかないのかなぁ」
「なーにジジくさいこと言ってんの」
 千江は気の抜けた声で言うと、水筒に口をつけた。
「あたしは、それでもいいけどぉ?」
 泉子は遠い目でうっとりしていた。森の暮らしに焦がれたのか、それとも暑さに頭がやられたか。
「弓とか釣り竿なら、私作れるよ?」
 蘭は言った。
「やだやだぁ! 結婚もできないうちに野生に帰るなんて、やだぁ!」
 千江はじたばたした。
「やっと本音を言ったな」
 カツシは笑った。
 あれだけ派手な音を出したのだ。いずれ常管がかけつけてくる。穴を埋めさせない方法を考えなければならなかった。だが、四人はもうほとんど燃え尽きていた。
「この壁を壊せば、生まれ変わったいい男を選び放題だよ」
 どこからか男の声がした。
 四人はびくんと起き上がると、銃を構えるなり草場に隠れるなり、攻防の体勢をとった。
「不思議なものさ。必ずここへ来るって予感があった。それにしても、一足先に覚醒(めざ)めた人はやらかすことのスケールが違うね」
 笑い声は岡崎のものだった。出所はKY区域の最果て、穴の向こう側だ。
 カツシは穴に向けて銃をかまえる。
 千江はそれを片手で制した。
 カツシは不満顔を向ける。
「あいつは……」
「いいのよ」
 千江は少年を遠ざけるとつづけた。
「話してる暇はないわ。ありったけの武器と弾薬を持ってきて!」
「人使いが荒いところだけは、変わってないね」
「うれしいくせに、よく言うわ」
「それは昔の話だよ。恐妻家はごめんさ。二時間で戻る」
 岡崎の足音が遠ざかっていった。
 カツシはわけがわからなかった。
「どうなってるんだ?」
「何言ってるの。あんたが睨んだ通りになったんでしょうが」
「えっ? そうなの?」
 千江はため息をつくと、泉子の肩に手を置いた。
「あんたの未来に同情するわ」
「あたしは別に……」
 泉子はまんざらでもない顔を赤らめる。
「あーっ、どいつもこいつも!」
 うなだれる千江の頭を、蘭がなでた。
「姉ちゃんがお嫁に行くまで、そばにいたげるから」
 かつての天敵だったアラサー女と二つ結びの少女は、ひしと抱き合った。


予告通り、岡崎は穴の前に戻ってきた。
 銃の弾倉やナイフ、火薬が入った小缶などを、長い棒でつついて外へ送る。その中に、切らしていた黄金色の弾倉が二本入っていた。
 千江は一本を素早く銃に収めると、眉間にしわを寄せた。
「岡崎、あんたまさか……」
 ずぶぬれの男はにっと笑った。
「無許可だからね。セキュリティは甘くなかった。見つかっちゃったよ」
 常識破り第二級……再生所再建待ちの冷凍室送りだ。現役常管委員の場合は、死刑に格上げされる場合もある。
 岡崎はつづけた。
「時間がない。上の層に逃げて連中をおびき寄せるから、ほとぼりが冷めた頃に、やってくれ」
「バカ言ってないで、下がってなさいよ!」
 千江は叫ぶ。その目には透きとおった粒が光っていた。
「何言ってる! 格下っていっても、数が違いすぎる!」
「森へ逃げれば簡単には当たらないわ。下がりなさい!」
 千江はすっと身を引き、二発撃って、別の穴をあけた。
「なぜだ。僕のことなんか……」
「似合わないことするバカは、放っとけない性分なのよ!」
 千江はすかさず弾倉を一つ空にし、もう一本を装填して、そちらもあっという間に撃ち尽くした。
 楕円を半分にした形の点線ができあがった。
「これなら……」
 カツシはすべての銃弾と火薬の粉を、まんべんなく穴に詰め、手榴弾の最後の二発を両手に持った。今度は威力が違う。命の保証はない。
「ちゃんと帰ってきてよ」
 泉子はカツシの胸に抱きついた。
「無事に帰ったら、何かくれる?」
「バカ……」
 泉子は木陰に隠れた千江たちのもとへ走った。
 カツシは深呼吸すると、壁のそばへ近づき、穴に口を近づけてささやいた。
「おい、バカヤロウ」
「……悪かったね。僕は君からミナトを奪ってしまった」
「それはいい」
「えっ?」
「あいつは、あんたにもらったペンダントを大事そうに握っていたよ」
「み、ミナトは生きてるのか!?」
「後で教えてやる。離れていろ」
 カツシは左右のピンを抜くと、大きめの穴に同時に突っこんだ。
 反転して森の方へ駆ける。
「早く!」
 泉子が叫ぶ。
 足に草がからんでバランスを崩した。
 女たちのところまで間に合いそうにない。
 カツシは地面に向かってダイブした。
 大爆発。
 カツシはロケット弾のように飛んでいった。
「!」
 泉子はカツシの正面に躍り出る。
 重い砲弾を受け止めた少女は、後ろへ吹っ飛び、大木の幹に後頭と背中を打って気を失った。
 カツシは朦朧とする頭をふって意識を保った。
 千江と蘭が泣きながら、頭を垂れる泉子を揺さぶっていた。
「い、泉子?」
 泉子は息をしていなかった。
「どいて!」
 カツシは女どもをひっぺがすと、少し開いた泉子の口に唇を押し当てた。
 十回、反応なし。
 二十回、反応なし。
 三十回、反応なし。
「カツシ……」
 千江は少年の肩に手をやり、首を横にふった。
「うるさい!」
 カツシはつづけた。
 三十一、三十二、三十三……。
 ちくしょう……ちくしょう……。
「ちくしょおおおお!」
 カツシは泉子の胸を拳で殴った。
 眉がピクっと動いた。
「ん、うう……」
 泉子は息を吹き返した。
「泉子?」
 カツシは揺さぶる。
「あ……」泉子は目覚めた。「久しぶ、り? えっと……誰、だっけ?」
「こんなときに冗談なんか、やめてくれ」
 カツシは泉子を抱き寄せた。
「ち、ちょっと、ホントに、誰?」
 泉子はカツシを突き放す。
「なんだって?」
 千江や蘭のこと、ミナトのことさえも泉子は覚えていた。カツシの記憶だけがすっかり抜けていた。
「い、一時的な記憶喪失ってやつよ」
 千江はひきつった顔でカツシをなぐさめた。
「そうそう」
 蘭は額に汗をにじませている。
「なんで、俺の周りでばかりこんなことが……」
 カツシは頭を抱えてうずくまった。
 ミナトといい、蘭といい、あげくの果てに泉子だなんて……。
 銃声。
 SAITOの壁の方からだ。