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A Groundless Sense(5)(完)

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「見逃すつもりなのかい? 僕は君らを……」
「さっきはそうだった。今は今。見た目は同じバカでも、まったく別の存在」
「かなわないな」
「今じゃ再生されたこと、感謝してるわ。ここまで来るのに十年かかっちゃったけど」
「僕も再生してくれないかなぁ」
「あんたの方が難しい課題なんだから、乗り越えたら喜びも大きいでしょ?」
「僕みたいなのに、わざわざ高いハードルを設けなくたっていいのに、神様」
「アハハ……じゃあね」
 千江たちは柵を越えると、下界に向かってダイブした。


カツシは空中でミナトに追いついた。抱きとめてパラシュートを広げる。一人用のためか体重を支えきれず、なかなか勢いがとまらない。
 広大な森の林冠が近づいてくる。もがいてはみたものの、どうにもならなかった。
 二人の体は大木の枝葉や幹のあいだを突き抜け、もう少しで地面に叩きつけられようかというとき、止まった。パラシュートが上の枝に引っかかっていた。
 カツシはナイフを抜いて装備を切り裂き、ミナトを抱いて草の茂った地面に飛び降りた。
「ミナト! ミナト!」
 カツシはすぐさまミナトを草の上に寝かせ、戦闘服の胸元を開いた。
 防弾仕様になっていない。まさか始めからそのつもりで?
 傷口をたしかめる。どういうわけか出血はなかった。
 よく調べると銃弾はペンダントを貫き、ほんの少し先が出たところで止まっていた。左胸にひどい青痣があるが、息はしていた。
 揺すっているうち、ミナトは目を開けた。
「あれ……私……」
「そのペンダントに救われた」
 ミナトは胸元の蒼い光に目をやる。
「ユタカさんにもらったやつ。お守りにって」
「そっか……」
 長い沈黙があった。
 草木を揺らす風が、ミナトの額にかかった黒い髪をなでた。
「あーあ、また死ねなかった」
「えっ?」
「前にもこんなことがあったような、なかったような」
「本当はあいつが嫌いだったとか?」
「ううん」ミナトは首を横にふる。「でも、私の闇の部分に光がさすことはなかった」
 ミナトはカツシをじっと見つめた。
「な、なに?」
「夢の中でよく会ってた人に似てるなと思って」
「そうなんだ?」
「ユタカさ……うちの岡崎はどうなったの?」
「動けないくらい、ショックを受けてたようだけど……」
 ミナトは寂しそうに笑った。
「あの人ね、愛してるって言うくせに、最後までは、してくれないの」
「は?」
 いきなりの展開に、カツシは一瞬、意味を取り損なった。
「なのに、あなたは……なぜ?」
「い、いやあの……」
 抱いた覚えはないし、どう捉えていいのか、すぐにはわからなかった。
「す……好きだから、じゃないかな?」
「敵なのに? 決まった男(ひと)がいるのに?」
「あーその……」
 本当のことが言いたくてたまらなかった。しかし、常識人以上に思考をコントロールされている人に、今は負荷をかけられない。
「あの金髪の子のことは?」
「ど……どうしてそれを?」
 今のカツシと泉子との関係など、ミナトは知る由もない。みっともないやりとりを一度見ただけで、わかるとも思えないが。
「あなたのために、死ぬ覚悟ができていた」
 そうだった。泉子は岡崎の実力を知っていながら、突っこんできたのだ。
「そ、そりゃあ……好きだよ」
「よかった」
 ミナトは微笑んだ。
 その笑顔一つで、カツシは二人の埋めがたい距離を感じ取った。どんな可能性をたどろうと、彼女はいずれ他の人を選ぶ運命だったのかもしれない。
 

 騒がしい女たちが草をかき分けやってきて、木陰にすわっているカツシを見つけ出した。
「カツシ!」
 泉子は駆けていってカツシに抱きついた。
 カツシは泉子の頭をなで、ふっと笑った。
「なに泣いてんだよ」
「だって……」
 その後は口がまわらず、何を言っているかわからなかった。
 言いたい事は山ほどあるだろう。どんな責めを受けても正直に話すつもりでいた。
「ミナトの姿がないわね」
 千江は視界のきかない森を見渡した。
「逃げられちゃった」
 カツシは苦笑いした。
「あれで、生きてたの?」
 カツシはペンダントが命を救った話をした。
 その後ミナトはカツシに感謝はしたものの、やはり常管としての立場があり、行動は共に出来ないと、一人でどこかへ去っていった。
「それはそれは、ご愁傷さま」
 千江は肩の荷が下りたように微笑んだ。
「他人(ひと)事だと思いやがって」
「両手に花なんて、贅沢よ」
「そんなんじゃないって」
「もうやめて。そういうの」
 泉子は二人を黙らせると、つづけた。
「ミナトちゃんは、結局……」
 カツシは力なく笑った。
「うん」
「そう……」
 泉子はほっとしたような憐れむような、何ともいえぬ顔つきだった。
 カツシは泉子をそっと抱き寄せた。
「え?」
 泉子は丸い瞳でカツシを見上げる。
「なんて顔するんだよ」
「あ、ごめん」
 泉子はカツシの胸に頬をあずけた。
 千江と蘭は、もう見てられない、という顔でどこかへ行ってしまった。


 22


「さて、やるか」
 カツシは手榴弾を手にした。
 目の前には高さ約五キロ幅数十キロの塔とも陵ともいえぬ、巨城SAITOがあった。麓にいると、どこまでもつづく灰色の壁でしかない。
 女たちは大木の陰に隠れ、少年の勇姿を見守っていた。
 千江がひょいと顔を出し、親指を突きたてる。
 カツシはうなずいて、ピンを抜いた。
 投げた手榴弾は、壁の底と茂った草のあいだに収まった。
 カツシは背丈のある草を大股で飛び越えながら、女たちのもとへ走った。
 伏せると同時に爆発。辺りに煙がたちこめる。
 横風が煙を払った頃を見計らい、四人は期待をこめた顔をのぞかせた。
「そ、そんな……」
 カツシは呆然と立ちつくした。
 壁は無傷だった。少し黒ずんだだけだ。
 千江は落ち着いた顔で言った。
「想像もつかないほど前から建ってるとしたら、耐久力があって不思議じゃないわ」
 手榴弾は残り二発。破壊力が倍になったところで、効果があるとは思えなかった。
 あとは千江の拳銃に入った徹甲弾に賭けるしかなさそうだ。弾はこちらもあと二発。
「俺にやらせてくれ」
 カツシは千江から拳銃を奪うと、爆発のせいでひらけて黒ずんだ草場へ直行した。
「待って!」
 泉子が追いかけてきて、カツシの真後ろに立った。
 カツシは顔を横にする。
「そんなところで、何するんだ?」
「いいから」
 カツシは両手で拳銃をかまえると、黒くなった壁に狙いをつけた。
 泉子はカツシの両腕に手をそえる。
 腕の毛穴や血管を通して、何かが入ってくるような感覚。腕全体がエネルギーの膜に包まれていくような気がした。
 カツシはトリガーを引いた。
 壁に五センチほどの穴があいた。
「やったか?」
 走っていって穴をたしかめる。
 穴の先は、暗闇だった。SAITOの一番外側は明かりのないKY区域。貫いたのかどうか、これではよくわからない。
「どきなさい」
 千江がやってきて、長い枯れ枝を突っこんでいった。
 手応えがあったらしく、ぶすっとした顔で枝を引き抜く。
「同じ穴にもう一発ぶちこむのよ。できる?」
「やるしかないさ」