A Groundless Sense(4)
不気味な笑いがあまりにつづくので、他の三人は後ずさった。
「あれは、シャトル路線よ」
「えっ?」
カツシは耳を疑った。世界の内部にあったもの。外から引いて見た図。双方を照らし合わせて一致させることに、まだ大きな抵抗があった。
「SAITOは、あの銀色のラインをたどった先にあるはずよ」
脳の古い部分で凍りついていたものが、少しずつ溶け始めていた。
「あれをぶっ潰せば、常管の連中は二度とこっちへ来られないな」
「その前に、まず地上へ降りてみることよ」
「地上へ……」
得体の知れない高揚感が、カツシの足下から頭上へ突き抜けた。
カツシはよろよろとフェンスに近づいた。
「あっ、バカ!」
泉子は背中からカツシにしがみつき、勢い余ってバックドロップ。
錆びたフェンスは、散り散りになって下界へ落ちていった。
頭を打ったカツシと、ひねって脇腹を打った泉子は、しばらく絡まり合っていた。
「バカップルもほどほどにしなさいよ」
千江は蘭と二人で腹をかかえている。
「だからぁ……そんなんじゃ……」
泉子は四つん這いで訴えようとした。
そのとき、かくんと肘が折れて、カツシの上に崩れた。
柔らかい唇を受け止めたのは、気を失ったカツシの唇だった。
「もう……神様の好きにして……」
19
カツシたちはエレベーターで最下層まで降り、シャトルのステーションに出ると、無人のプラットホームを歩いた。平らなレールの上に飛び降り、トンネルに入りしばらく行って、一行は立ち止まった。
千江は例の徹甲弾が入った銃を抜く。残りは三発。
そこでカツシはあることを思い出し、ストップをかけた。トンネルの中間点から先を調査するとき、幽霊か何かに怯えて一発使ってしまった。あのとき見えた光は、外界の陽光だったのだ。穴は小さく、どこかが崩れたのか、すぐに塞がってしまった。
「徹甲弾じゃダメだ。手榴弾を使おう」
古代兵器研究所に残っていた五個と、蘭から受け継いだ手持ちの分を合わせて、計七個あった。
カツシは一発目で崩れた部分に、二発目、三発目と、どんどん奥へ放りこんでいき、四発目でようやく外壁に穴があいた。
まばゆい光が注ぐ。
一行は大きく空いた穴から外へ出た。右を見ても左を見ても、草木ばかりだった。道や建物などはどこにも見当たらない。それよりも何よりも、この蒸し暑さときたらどうだろう。天空と地上では、まるで別の世界だ。
「波の音がする」
蘭は言うと、一人で森の中へ分け入り、先へ行ってしまった。
三人はあわてて後を追った。
道なき道をしばらく行くと、カツシの足に何かが当たった。草をかき分け調べてみると、プレートらしきものの錆びきったかけらであることがわかった。
漢字で何か書いてあり、かろうじて読める。
「門(もん)、司(つかさ)、港(みなと)、駅(えき)、跡(あと)、記念館だってさ」
意味が通じるのは『跡』と『記念館』だけ。『港』と『駅』は、読みはわかるが、古い言葉なので意味はわからない。『門』と『司』は一つ一つの意味がわかるが、つなげて解釈していいものか判断できない。
「あんた、ぼうっとしてるけど、それ、とんでもない発見よ!」
千江に言われて、ようやく気がついた。
世界の外側にも、人は暮らしていたのだ! 蘭が外側の人間だったという、カツシの超古代文明人説も、まんざらでたらめでもなさそうだ。
「港……か。あの子の名前と関係あるのかな?」
泉子はぼそっと言った。
「その話はよそう」
カツシは言った。
「ご、ごめん! バカだ……あたし」
泉子は涙目でうつむいた。
「あいつはもう、岡崎の人形さ」
「そんな言い方……」
「本当のことを言っただけだよ」
「でも、時間かショックか、何かのきっかけで前の彼女に戻るかもしれないわ」
千江は言った。
千江は再生して十年が過ぎ、蘭はミナトに撃たれたことで、本当の自分を取り戻した。
「記憶は戻らない」
カツシは言った。
「本当に縁があるなら、そんなもの関係ないよ」
「あんたが言うことじゃないでしょ?」
千江は肩で泉子の肩を小突く。
「たとえどんな道をたどっても、結ばれる人は結ばれることになってるの。ズルしたって無駄なんだから」
「なるほど、神秘家の娘だわ」
千江は笑った。
蘭は森の外れの少し開けた岸壁に立っていた。
対岸を見つめる視線の右には、角のとれたコンクリートの道が海に向かってのびていた。
「あれは道じゃないよ。大きな波を防ぐものだと思う」
蘭は言った。
本来はもっと壁のように突き出ているらしいのだが、海面が上がったのか、水の力ですり減ってしまったのか、蘭が知っている頃のものとはだいぶ違っていた。
元防波堤のさらに右には、本州と九州、双方から海に向かって下りていく坂道があった。
「あれはね、一つにつながってたの。橋っていうんだよ」
蘭は言った。
カンモン大橋は二つの陸地をつなぐものだったが、手入れがないまま時が過ぎたのだろう、鉄骨は真っ赤に錆び、橋は中央でまっ二つに折れていた。
あれほど巨大な構造物を使っていたとすれば、この新世界……いや旧世界というべきか、ともかく相当な数の人間が暮らしていたことがうかがえた。
「構造物っていえば、私たちのいたKYUTOって……」
千江の言葉に、皆はハッと息をもらして振り返った。
海岸沿いの森林地帯のただ中に、灰色の四角い山(屋上にいないと円柱とわからない)が天高くそびえていた。
つい昨日、拾った資料の山から見つけた機密文書の切れ端にこうあった。『TO』は設計当初、塔のように尖ったものを造る予定でつけた名だが、途中で計画が変わったと。
幅の直径数十キロ、高さ五キロ近い巨大構造物。大昔の人間はなぜ、このような建物を造る必要があったのか。誰もが疑問を投げかけたが、答えは出てこなかった。なぜなら、工夫さえすれば、ここ外界でも充分生きていけそうな環境だからだ。
「KYUTOみたいに、誰かが毒ガスでもまいたのかな?」
カツシの問いに、千江は笑った。
「こんな広い場所で? どうやって?」
「笑い事じゃないと思う」泉子は口を開いた。「有史以前、いや、三つの世界が造られる前の太古の頃は、もっと人が多くて、高度で複雑な社会だったとしたら、あり得ない話じゃないよ」
千江は言った。
「それそれ! 有史以前っていったい何なのよ。有史より前はどうなっちゃったの?」
有史以前は一切記録が残っていないというのが長年常識とされてきたが、原因を知る者はなかった。
「ああ、それなら、資料の中におもしろい文書があったよ」
カツシは天を指した。
「太陽?」
千江は首をかしげる。
蘭のおかげで、皆の語彙は飛躍的に増えていた。
「この度の太陽活動の異常は、すべての記録装置だけでなく、人々の記憶にまで壊滅的なダメージを与えると、私は断言する。データは揃っているのだ。明日にも国会で議論すべきことである。経済問題? そんなものは平和だからこそ論じられるのだ……だったかな?」
「で、金の勘定をしているうちに、メモリと脳味噌が溶けちゃったってわけ?」
千江は不満そうに下唇を突きだした。
作品名:A Groundless Sense(4) 作家名:あずまや