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A Groundless Sense(4)

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 蘭が目覚めた施設は、放射道路を外に向かって十何キロも行った先の、工業区の一角にあった。そこは工場とは別に、学術研究施設群の専用ブロックを設けてあり、実用的なものばかり並ぶ他の世界とは趣が違っていた。
「えっとね、あっち」
 蘭は道路右手にある、五階建ての白いビルとビルの間の小道を指さした。
 古代兵器研究所に、洗脳科学研究所……なんだかものものしい名前の施設ばかりだ。
 兵器に洗脳か……カツシはハッとした。
「えっ? 洗脳?」
 千江は腕組みをする。
「SAITOの再生所が完成したのはほんの十何年前だけど、人間再生の理論は、ずっと前からあったそうよ」
「かつてKYUTOの誰かが独自に進めた研究を、常管のスパイが持ち出した?」
「あり得ない話じゃないわね」
 KYUTOの人々はいったい何のために、人を洗脳しようとしていたのか。内紛を防ぐためか、それとも……。
「考えるのは後なんでしょ? あの子一人で先、行っちゃったよ?」
 泉子はカツシの背中をぐいぐい押した。
 蘭は見た目こそ十七だが、今や小学生の妹のようなものだった。はぐれるわけにはいかない。
「待ったぁ!」
 カツシたちは蘭の後を追った。


『保存科学研究所』……蘭が目覚めた施設の名前だ。狭い玄関の壁に貼ってある、五階建てのビルの図面には、あらゆる物を長期保存するための実験室が並んでいた。食料や記録物関係が多いようだが、なかには生物、人間に関する部屋もあった。
「あそこ」
 蘭は五階の半分を占める『冷凍保存室』を指さした。
 エレベーターは故障していた。一行は玄関すぐ横の階段で五階まで上がることにした。
 踊り場や各階の廊下に、ところどころ乾いた土の山があった。研究員と思われる白骨が、土の間に見え隠れしていた。草が生えないのは、水の散布がなかったためか。
 蘭はひどくおびえていた。そこは覚えていないのだ。
 五階に着くと、いきなり大きな鉄扉があった。脇に操作パネルがある。千江があれこれいじってみたが、うんともすんともいわない。
「食べ物いるから、ちょっと開けて」
 蘭が言うと、轟音とともに扉が左右に動き、一人通れるくらいの隙間ができた。
 冷たい空気と白いもやが、一行の体を包みこむ。
 千江は二の腕を押さえながら言った。
「ま、まさかここで暮らしてたの?」
「ちがうよ。下の階の冷蔵庫が空になったときだけ、ここに来るの」
 蘭はたしかにこの部屋の奥にある設備で目覚めたのだが、寒いのですぐに外へ出てしまったという。生活の方法は既に知っていた。この巨大冷凍室の中にあるのは、食料だけということも、はじめから知っていた。
 ロマンチックな覚醒秘話を期待していたカツシは、ちょっと損した気分だった。
 千江や泉子も言葉少なげだ。
「と、ともかく当面の食料があることがわかっただけでも、来てよかったわ」
 千江は苦笑いした。
 これ以上用がないとわかると、蘭はシステムに鉄扉を閉じさせた。
「目覚めたときに、だいたいのことは知ってたんだ?」
 カツシの問いかけに、蘭はうなずいた。
「考えなくても、わかっちゃうの。ちょっと思い出すだけ」
 ただ、出生や家族にまつわることは記憶になかった。
「似てるわ」
 千江は虚ろな目で言った。
 カツシはうなった。
「蘭の記憶も、再生の技術と関係あるのかな?」
「あの強さと知恵が、計画されたものだったとしたら……」
「だとしたら?」
「KYUTOの滅亡と、蘭の常管打倒への執着……調べなきゃいけないことはいっぱいあるようね」


 16


 保存科学研究所を足場に、カツシたちが生活をはじめてから数日が経った。
 研究員の部屋を調べていくうち、KYUTOの旧常管支部が、十層下にそのまま残っていることがわかった。どうやら、常管はKYUTOの独立勢力に追い出されたようだ。旧支部の正式名称は、常管対策本部。研究のために、常管の古い資料を保管してあるはずだと、カツシたちは踏んでいた。
 KYUTO第十三層は、機能を停止して久しい場所。蘭はライフシステムを再起動させる方法を知らなかった。探検するにはそれなりの装備が必要だ。古代兵器研究所へ行くと、蘭が使っていたのと同じガスマスクや、酸素ボンベがいくつか保管してあった。武器の類いは『戦士の蘭』がSAITOへ向かう際に持ち出してしまい、残りは少なかった。古代とはいったいつ頃をさすのか謎は多かったが、人知を超えた知識をどこからか手に入れ、その復元に心血を注いだ跡がうかがえた。
 そこまでして、KYUTOの過去を調べる必要が果たしてあるのか。岡崎やミナトの再来への対策が先ではないのか。議論は紛糾した。蘭の記憶が戻る兆候はない。泉子は戦闘要員になることを拒否。二対二でも互角とはいえず、人海戦術で来られたら勝ち目はない。
「もし機密資料があるなら、KYUTOの構造もわかるかもしれない。たとえばこの二十三層の上に再生所のような特殊な施設があるのか、とか」
 カツシの発言で方針は決まった。敵に勝つには、まず己を知ることからだ。
 探検要員は千江とカツシ。二人は古代兵器研究所内を漁って、装備をかためていった。


 いよいよ出発というとき、所内の玄関で、泉子が待ったをかけた。
「やっぱり千江さんは残って」
 ボンベを背負った女は言った。
「なぜ?」
「もし調査中に常管が攻めてきたら、あたしじゃ蘭ちゃんを守れない」
「でも、さすがにカツシ一人で行かせるのはねぇ」
「あたしが行きます」
「ガードロボットがいたら?」
「細かいことにこだわるほど、バカじゃないから」
 千江は笑うと、装備をそっくり泉子にあずけた。
 この場で着替えるというので、カツシは強制的にトイレへ行かされた。帰ってくると、泉子は千江の赤い戦闘服を着ていた。
 金髪に幼さの残る顔、華奢な体に似合わぬ胸、ごつい服に真っ赤な色。
 ミスマッチに思わず見入ってしまった。
「目がいやらしい」
 泉子は赤い顔をそむけた。
「襲われたら、ためらわずに撃ちなさい」
 千江は泉子に拳銃を手渡した。
「俺を見ながら言うなっ」
 カツシは鼻息荒く玄関を出ると、誰もいない放射道路を歩いていった。


 KYUTO第十三層は暗黒だった。研究所で写した地図とハンドライトの光、背中のボンベだけを頼りに、カツシと泉子は歩いていった。街の構造はどの層も判で押したように同じで、迷うことはなかった。
 中央広場に生えていたはずの植物はすべて分解されて土に還っていた。歩道のタイルとベンチと消えた街灯と土と骨。光も音もない。死の世界とはこういうものか。カツシは胸が苦しくなった。
 心泊数を上げて酸素を浪費するわけにはいかない。地図を確認して、官庁街を指さした。二度うなずく泉子。
 旧常管支部は官庁街の最も手前にあった。中央広場が一望できる特等席だ。
 長屋ビルの第一番玄関は開け放してあった。周囲に人骨が多く転がっている。苦しさのあまり屋外へ逃げようとしたが、外も同じだった……カツシは当時の情景を想像した。
 常管対策本部はビルの五十一階から六十階(最上階)までを占めていた。エレベーターは無論止まっている。奥の様子には構うことなく、一階ホール入ってすぐの階段に足を向けた。
作品名:A Groundless Sense(4) 作家名:あずまや