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A Groundless Sense(4)

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第四章 KYUTO


 15


 遠くにあった青黒い半円形が、だんだんと大きくなってきた。完全な暗黒ではない。 ということは、KYUTOはまだ生きている?
「おまえが驚くなよ」
 カツシは蘭に言った。
「いや、なんとなく」
 蘭は苦笑いする。
「ライフシステムを再起動させたのか?」
「そうみたい」
「みたいって……まるで他人事だな」
「目覚めたときは、もう動いてたから」
 以前の蘭は口が重く、素性など語ろうとしなかった。ミナトに撃たれてから、彼女は本当に変わってしまった。まるで背中の荷が軽くなったかのようだ。聞けばなんでも答えが返ってきそうだった。
 蘭は今から五年前、冷凍睡眠カプセルの中で目覚めた。場所はKYUTOの最上部である第二十三層にある、何かの施設だった。以前の記憶はなかったが、生存には困らなかった。一年後、下に降りてトンネルへ向かった。暗闇は退屈だった。SAITOで初めて自分以外の人間を見た。それから四年間、SAITOのあちこちを転々とした。
 カツシは頭をかいた。
「そうだった……戦いに関わることは、みんな飛んじゃったんだもんな」
 つまりは、生まれた場所以外は何も知らないのと一緒だった。
「生活できる場所がわかっただけでも、大収穫よ」
 千江の言葉に、他の者もうなずいた。
 トンネルを抜けると、薄暗いプラットホームが目の高さに広がった。
 千江は拳銃のグリップに手をかけ、声を張った。
「誰かいる?」
 る? る? る……。
 声に反応するガードロボットの姿もなかった。
 一行は段差の上に這い上がると、構内中央にあるエレベーター塔へ向かった。
 エレベーターは一機だけ生きていた。スワロー一号機。電光表示はデジタル数字で『0』とあった。
 ボタンを押すと、すぐにドアが開いた。住人の帰りを今かと今かと待ち続けていたかのような勢いだった。
 窓のないステンレスの壁に薄暗い照明という組み合わせは、相変わらずだった。
 千江がキー操作するとドアが閉まり、上に向かっている証拠である、むっとするような感覚があった。
 蘭は壁にへばりつくようにして立っている。よく見ると、顔のあたりに手のひらサイズの小窓があった。
 違いに驚いたカツシは、蘭に頼んでどいてもらった。
「真っ暗なだけだよ?」
「ほんとだ」
 カツシはうなだれた。
「たしか……節電しないといけないって、どこかに書いてあったの、覚えてる」
 どうやらこのエレベーターと、零層、第二十三層以外は、閉鎖当時のままのようだ。 他の層はどうなっているんだろう……想像しようとしたが、頭がまわらなかった。連日の逃避行にカツシは疲れていた。
 壁に寄り添い、誰もがうつらうつらしていた。
 カツシは膝に力が入らなくなり、背中が壁をすっているのを感じた。
 やがて目を突くような光が小窓からさした。
 一行はしゃきんと背をのばした。
 ベルが鳴り、ドアが開くと、朝色の天井光が照らす中央広場があった。
 何日ぶりの光だろう。
 カツシたちは一斉にエレベーターを飛びだした。


中央広場はひっそりとしていた。同心円状に広がっていく公園。緑地の木々は枯れることなく茂っている。配水システムが滞っていない証拠だ。
 一行は蘭が目覚めた施設に向かうべく、円い広場を外側に向かって歩いた。タイルが敷き詰めてある歩道に埃はなかった。風がある。空気の循環も問題ないようだ。
 一つだけ奇妙なことがあった。歩道のところどころに土が盛り上がっていて、そこにはびっしり草が生えていた。緑地から土が漏れ出したところもあるが、多くは道の真ん中で、盛り土の草場は一つ一つ独立していた。よく見るとベンチの上にも雑草が茂っている。
「人がばらまいたにしては、意図が感じられないわね」
 千江は言った。
「飛び地ばかりだし、風の仕業とも思えないな」
 カツシは言った。
「……」
 泉子は神妙な顔つきで黙っていた。
「何か白いものが見えるよ?」
 蘭は盛り土の一つを指差す。しゃがんで顔をつきだし、土を少しかく。
 そして……腰を抜かした。
「こ、こ、これ……ひっ、人の骨っ!」
「!」
 千江は蘭をどかすと、草をむしり土を掘っていった。
 カツシもおそるおそる、別の盛り土を調べた。やはり人骨が埋まっていた。
 埋まっていたというより、そこから土が湧いて草が生えているというべきか。
 千江はカツシに意見を求めた。
 根拠は少なかった。しかし、そうとしか思えないという確信があった。
「この第二十三層はたぶん、一日もかからないで、あっというまに滅んだ」
「どうやって?」
「毒ガスじゃないかな。誰かが空気循環システムに手を加えた」 
「私もそう思った」
 KYUTO閉鎖の理由は、公式には、人口減少による統廃合だった。常管にいた千江も研修でそう教わった。事実、二百年前の当時は出生率の低下や伝染病、自殺者や常識破りの増加などで、三つの世界の人口は全盛時の六割にまで減っていた。効率化のために統廃合されたと言われても、誰も疑いはしないだろう。
 ところが目の前に広がっているのは、政治の業ではなく、謀略の跡だった。
 常管上層部は、身内にさえも真実を隠していた。
 蘭はKYUTOを出てSAITOに潜入するまで、人に会っていない。最近の事件でないことは明らかだった。
「KYUTOが閉鎖になった真の歴史を調べる必要があるな」
「内容によっちゃ、常管をぶっ潰すことになるわ」
「たった四人……」カツシはそこまで言って、よろよろ起き上がろうとする蘭を見た。「いや、三人で?」
「いち抜けた」
 泉子は言った。千江とカツシが睨んでも動じる様子はない。
「常管を滅ぼした後、誰が二つの世界を治めるの?」
「……」 
 二人は答えられなかった。
 KANTOとSAITOは、常管が治めてきたからこそ、生存のためのシステムが維持されていたようなものだ。管理がなくなれば、自分勝手な人々による小さな無駄が重なっていき、あっという間に破綻してしまうだろう。あまりにも危ういバランスの上に成り立っている世界だった。
 だが、そこから生まれる感情の歪みは、何かが間違っていることを暗示していた。
「管理のいらない世界って、どういう感じだろうな」
 カツシの疑問に答えられる者はいなかった。KYUTOに同志を導いて立てこもったとしても、やはり管理は必要だ。やがて人口が増えれば、世界を維持するために、同じ問題を抱えてしまうだろう。
「対抗しても悲劇を増やすだけ。ここは成り行きに任せようよ」
 泉子は言った。
「それもスピリチュアルなママの受け売りか?」
 カツシは笑った。
「いいじゃないの! もっとマシなやり方があるなら、言ってみなさいよ」
「あんたの負け」
 千江はカツシの頭をぐいと押し下げた。
 その間、蘭はずっと黙って話を聞いていた。
「何か意見があったら、言っていいんだよ?」
 泉子が言うと、蘭は笑顔を返した。
「いや、みんななんかすごいなぁ、って」
 カツシたちは揃ってため息をついた。
 突然、先のことを考えたり議論したりするのがバカバカしくなってきた。
「とにかく、施設に行ってみよう。話はそれからだ」
 カツシの言葉に、女たちはうなずいた。
作品名:A Groundless Sense(4) 作家名:あずまや