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A Groundless Sense(2)

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 エントランスロビー(現在地)の左右と正面に廊下があった。所内の構造は、大雑把にみれば田んぼの田の形をしていた。どこを通っても再生所の心臓部に行くことができるようだ。四つある大きな四角の左上が再生室と管制室、右上が囚人保管所とあった。残りは枝葉の研究室や会議室などだ。
 蘭の性格からすると、まっすぐ最短距離を行ったに違いない。
 カツシと泉子は正面のドアを押し開けると、教室のように並ぶ研究室群の間を突っ走った。


 蘭は田の字の中心、セントラルホールにいた。名前は物々しいが、要するに食事したり休憩したりする場所だ。フリーラウンジのようなものがどんと一つあり、ホールの大部分を占めていた。
 職員の姿はどこにもない。ここまでトラップはおろか、狙撃してくる者さえいなかった。
「その自信がかえって仇にならないといいがな」
 そうつぶやいたとき、催眠ガスが消えかかっていることにふと気づいた。
 おんおんと、上の方で排気の音がする。
「なるほど」
 蘭はガスマスクを外した。手のうちを知っている相手、か。
 墨田千江か、でなければ岡崎ユタカ。墨田は冷徹だが、戦闘力は今ひとつ。岡崎は最も警戒すべき相手だが、下着をくれてやっただけで手なづけられる重度の色ボケだ。互いの欠点を補うように、二対一で挑んでくるだろう。足手まといを排除したのなら、彼ららしい苦い経験を積んだ末の作戦といえた。
 蘭は虚空に向かって声を張った。
「どうせ管制室でモニターしているんだろう? さっさと取引しようじゃないか」
 どこかで鼻を鳴らす音がしたかと思うと、スピーカーから大音量の声があった。
『どうせ取引するつもりなんか、ないんでしょ?』
 蘭は笑った。いい加減わかってきたか、墨田千江。
『再生前の女の子を一人、人質に取ってあるわ』
「ちょうどいいハンデだな」
 蘭は言いつつ思った。薄々感づいてはいたが、常管にしては妙に不真面目な奴だ。
『フフ、今までの私と思ったら大間違いよ』
「わざわざネタをばらすところは、変わってないな」
『なっ! さっさとかかってきなさい!』
 蘭はガス砲とマスクを捨てて拳銃のスライドを引くと、ホールのドアを押し開け、廊下を走った。


「来たわ」
 赤い戦闘服に着替えた千江は、別室に通じるマイクに言った。
 ガラス越しの再生室で、白衣の老人に扮した岡崎が親指を立てた。
 白いタンクとパイプでつながった水槽がいくつも並んでいる。各水槽に設置した端末以外、機械的なものはなく、見所の少ない設備だった。プログラムを水槽の液体にロードしてエンターキーを押せば、あとは小さな小さな機械が、すべてやってくれるのだ。
 水槽は中央の一つを除いてすべて空だった。再生が延期となった者たちは、別ブロックの囚人保管所で眠っている。
 白衣の老人は、水槽の底に眠る裸の少女に目をやった。
 板橋ミナト、十七歳。
『痩せてはいるが、若いせいだろう、あるべきところは意外と……』
「岡崎、声に出てる」
 千江は低く言った。
『うおっほん』
 老人はわざとらしく咳払いした。
「忘れてないわよね?」
 千江は拳銃の弾倉を黒から金色の棒へ入れ替え、銃口をガラス越しの老人に向けた。強化ガラスも簡単にぶち抜く特注品だ。あまりに高価なため、使用するたびに分厚い報告書を作らねばならないが、今そんな泣き言はいってられない。
『どうしても殺さないと、ダメ?』
 老人は身をよじった。
 千江はスライドを引く。
『わかったよ。わかりました。その代わり、この子の身柄は僕に……』
 なぜだか胸がチクっと痛んだ。板橋ミナトの再生は、この男を殺さない限り、避けようがない。そして私はまた捕まり……ここで再生されるのか。
 失敗すればいい……白でも黒でもない天使がつぶやいたような気がした。
「本当に倒せたら、考えてあげるわ」
 本当に倒せたら、私はあなたに何をするか、わからない。
『倒せるさ。なにしろ……』
 岡崎はこらえきれずにクッと笑った。
 千江はため息をついた。またいやらしい手でも思いついたのだろう。あの笑いをするときはいつもロクなことを考えていない。
「管制室のロックを開けるわ。作戦開始」
 千江は大きな部屋の隅、壁際にある非常電源室の鉄扉を開いて狭苦しい所へ潜むと、赤い電灯の下、リモコン操作でロックを解除した。


 カツシと泉子は管制室の前で蘭を見つけた。ドアの脇に身を寄せ、拳銃を構えている。地図上では廊下をまっすぐ行くだけなのだが、素人の二人は、規則的に並ぶ研究室のドアから誰か出てくるのではと、びくびく警戒して、遅れをとってしまった。
 カツシが呼びかけると、蘭はドアの方を睨んだまま言った。
「ロックが解除になった。相手はおそらく二人。私が合図したら、弾が尽きるまで、でたらめに撃て」
「で、でたらめに?」
 カツシは携えているサブマシンガンを見た。
「口答えは許さない。命令だ」
「りょ、了解」
 指揮官は蘭だ。バカなことを言って困らせたせいで、もし失敗でもしたら、一生後悔しかねない。
 蘭はドア上のセンサーに半身を引っかけ、さっと元の位置へ戻った。
 ドアは自動で開いた。銃声はなかった。
 閉まりかけたとき、蘭は中へ駆けこんでいった。
 ドアは再び開いた。
「今だ!」
 蘭の声に、カツシが動いた。
 管制室らしく、部屋はコンソールや仮想ディスプレイなどが占めている。ぱっと見では人の影はなかった。
 銃なんか撃ったことない。怖い。でも蘭を助けなければ。
「うあああぁ!」
 カツシは声を上げ、トリガーを引いた。
 自動連射の弾丸また弾丸。コンピューターは火花を散らし煙を上げ、次々と光を失っていった。蘭はコンソール盤の下、頑丈そうなイスを盾に身を潜めている。
 一方、泉子はカツシが撃ち漏らした、別室との境のガラス壁を狙った。
 ガラスは無傷だった。無数の鋼鉄の弾が床に転がっている。
 全弾、撃ち尽くした。
 静寂と耳鳴りと、焦げくさい臭いだけがそこにあった。
 蘭は手ぶりで『退け』のサインを送る。
 カツシはぼんやりしていた。あまりの衝撃に思考がついてこない。
 泉子はカツシの腕を取り、部屋の外へ連れだした。
 ドアが自動で閉まる。
「あ、ありがと」
 カツシは言った。
「ううん」
 泉子は小さく首を振った。
 それから二人は肩で息をしながら、目を合わすことなく、ずっと黙っていた。


「派手にやってくれたわね」
 赤い電灯の下、千江はつぶやいた。
 これで常識破りの再生計画は、十年は遅れるだろう。データのバックアップがあるとしても、ここの機材は貴重品ばかりで簡単には調達できない。これで長崎蘭を始末できなければ、クビは確実だ。
 横歩きで入るのがやっとの狭い部屋。胸の先が非常電源装置の計器にふれて、むずむずする。そういえばここ何年か、誰にも触ってもらって……。
 千江は顔を振る代わりに、ぎゅっと目をつぶった。こんな時に何考えてんのよ。
 小さなのぞき窓から、管制室の様子をうかがった。
 二つ結びの少女がコンソール盤の下からはい出し、ガラス壁の左脇にあるドアを開けて、再生室に入ろうとしている。蘭は死んで当然の重罪人、何の感情も湧いてこなかった。
作品名:A Groundless Sense(2) 作家名:あずまや