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A Groundless Sense(2)

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 千江は思った。私と同じような捜査官が、また一人、生まれようとしている。まだあんなに若いのに。いや、私も再生したのはあの歳くらいだったな。
「……はれ?」
 いつの間にか頬が濡れていた。
 なんだろうと訝りながら、ハンカチでぬぐう。
「では作業を開始します」
 白衣の男はコンソール前の席につくと、キーボードのエンターキーに手を触れた。
「ま、待って!」
 千江は叫んだ。
「なにか問題でも?」
「いいことを思いついたわ。作業は延期よ」
「しかしそれは……」
「今度こそ、長崎蘭を捕まえるためよ」
「なるほど。エサというわけですか」
 白衣の男は別室につながるマイクに向かって、指示を伝えた。
 いそいそと行き来する職員たち。
 廊下に出た千江は、肩から壁にもたれた。
「私、なんであんなことを……」


 9


「これは罠だ」
 カツシは言った。
 謎の組織から長崎蘭宛に、無差別にメールがばら撒かれた。ネット界は一時騒然となったが、メールは本人の認証が必要であるため、内容を読み取れる者はいなかった。携帯端末の画面の指定部分に、蘭が人差し指を触れると、封が開いた。過去の犯行現場から指紋を取っていたのだろう。
 常管のメッセージは『自首するなら、所内で再生を控えている常識破りを全員解放すると約束する』とのことだった。再生所への道筋が書かれた地図が添付してあった。
「再生所の位置は、私の予測の一つと完全に一致している。罠なんかじゃない、これは挑戦状だ」
 蘭は携帯端末の電源を切った。辺りは闇に包まれた。
 蘭のアジトは各層に点在していた。第一層の場合は、工業区の一角にある、鉄扉の鍵が開かなくなって久しい小さな倉庫だった。そこにはありとあらゆる武器や兵器が保管してあった。いつ誰が何のためにこれらを持ちこみ保管したのか、一切は謎に包まれていた。ただ、蘭は何年か前にKYUTOからSAITOへ渡ってきたとき、急にこの場所を『思い出した』のだという。
 解放する常識破りリストの中に、板橋ミナトの名前があった。
 ミナトを救いたい。しかし、最強の戦士をむざむざ引き渡すわけにもいかない。
 カツシは言った。
「やっぱり罠だよ。蘭の自信を逆手にとって挑戦させようとしてる」
「場所さえわかれば、あとはこっちのものだ」
 蘭はジャキッ、とガス砲のサイドレバーを引いた。
 罠も交換条件もなかった。蘭は静かになった所内で、忌まわしき装置を滅することしか考えていないのだ。
「でもよかったじゃない。向こうが計略に走ってくれたおかげで、ミナトちゃんはまだ無事みたいだし」
 泉子は手榴弾を、そうとは知らず手玉しながら言った。
「ま、まぁな」
 その点では蘭に感謝せねばなるまい。
「フォローはできない。自分の身は自分で護るしかないよ」
 蘭の言葉に、二人はうなずいた。


 10


 岡崎は笑った。
「しかしまぁ、大胆な作戦を思いついたもんだねぇ。バレたら主犯の君はまたここに送られちゃうかもね」
「ひとこと多いわ」
 千江は虚空の画面に映った、再生所とその周辺の図面を見ていた。
 相手を騙すことは常識に抵触する。万が一を考え、千江は気心の知れた岡崎ユタカ一人だけを応援に呼んだのだった。というより、戦力は彼一人で充分だった。先日、民間のテレビ局を一つ潰した、角刈りの伊勢(いせ)という男を除けば、あとは何人いても烏合の衆なのだ。常管は組織としては強力だが、個人技の優れた者が少なく、局地戦に致命的弱点のある球技チームのようなものだった。
 とどめだけは色ボケに任せず、自分でやればいい。それで仕事は終わる。
「で、愛しの蘭ちゃんは、ベンテン七号機のリバースモードでやってくるわけだ」
「連絡通路は素通りさせる。罠に逆上してドンパチやられても困るわ」
「ふむふむ。で、僕が職員に扮して、人質のミナトちゃんを水槽から出す、フリをして、バーン!」
 男は指先で撃つフリをした。
「あんたには撃てないわ。物陰から私がやる」
「君じゃ当たらないよ。あの子を誰だと思ってる」
 岡崎はいつにない真顔で言った。
「フン! ちょっとでも躊躇したら、あんたを撃つからね」
「オーケイ、レディ」
 岡崎は上機嫌で持ち場へ向かった。
 管制室で一人になった千江は、ため息をついてうなだれた。
「こんなことして、あの子の再生引き延ばして、どうしようっての? 私」
 長崎蘭を処刑した後、再生作業は再開されるだろう。そうなのだ。引き延ばしたことに、それほど意味はないのだ。ただ単に、テロリストとの戦いを終わらせたかっただけ。
 なら、あの涙はいったい……。
 千江は両手で何度も顔を張った。
「とにかく蘭は倒す。その後は部屋に帰って、でっかいボトル開けて、わけもわからず泣くわ」


 深夜十一時五十八分。ひと気がなく静まった、第一層の中央広場。
 営業時間はとうに過ぎ、エレベーター乗り場の周りに人影はなかった。改札には鉄格子が降りていた。
 だが、七番ゲートだけはロックがかかっていなかった。敵の指示通りだ。
 カツシと蘭で鉄格子をそっと押し上げると、泉子を先に行かせ、蘭がつづき、二人が押さえている間に、カツシも通り抜けた。
 すぐそこに、照明の落ちたベンテン七号機のドアがあった。
 蘭はささやいた。
「零時から五分間だけ、七号機は自動的に稼働する。職員の交代のためだ」
 言った通りにドアが開いた。照明は落ちたままだ。
 中は無人だった。無論、計略のためだろう。
 三人が七号機に乗りこむと、ドアは閉まり、エレベーターが動きだした。
 カツシの三半規管が反応する。何も見えないが、下に向かっているとわかる。
 第一層は世界の下の果てだ。それなのにさらに下が存在する。
 妙な気分だった。世界が膨らんでいくような感覚。
 電子音と共にドアは開いた。
 三人は中に留まったまま、さっと壁に身を寄せた。奇襲はなかった。
 縦横二メートルくらいのコンクリート造りの通路が、少しずつカーブしながらつづいている。天井の明かりはまるで道路の白線のようだ。
「フン、本陣で隠密に仕留めようというわけか」
 蘭はガスマスクを被った。カツシと泉子もそれにならう。
 再生所は官庁街の真下にある。十分ほど歩くと、通路が少し広がって大きな鉄扉が見えてきた。戦闘員の配置はない。
 蘭は使い捨てのロケットランチャーを構えた。小さくておもちゃのようだが、用途の欄に『AT(アンチタンク)』とあった。意味はわからないが、貫通力はありそうだ。
 トリガーに指がかかったときだった。
 轟音とともに、鉄扉が左右に開いていった。
「チッ! なめられたものだ」
 蘭は手にしたランチャーを、カツシに持たせていたガス砲と取り替えると、一人突入していった。
「援護するぞ!」
 カツシと泉子はサブマシンガンを構えて、後につづいた。


 再生所内は薄い白煙に包まれていた。
 開かれた二重の鉄扉を通り抜けると、小さなロビーがあった。中央に受付カウンターがあり、壁に沿って来客用のソファが並んでいた。
 人の気配はなかった。蘭の姿もない。
「あいつ、どこ行ったんだ」
 カツシが言うと、泉子は案内図があるといって壁を指さす。
作品名:A Groundless Sense(2) 作家名:あずまや