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A Groundless Sense(1)

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 中心からもう十キロは歩いたろう。週に一度ジムに通うのが常識なので、疲れはしないが、時間がかかってしょうがない。せめて高速シャトルのような乗り物があればと、カツシは思った。
 この世界を維持するためには、とにかく乗り物を減らさねばならなかった。そうしないと、昼がなくなってしまうのだという。そんな恐ろしいことにならぬよう、健常な人々はせっせと自転車のペダルをこぐのだった。カツシのような酔狂な客はもうほとんどいないため、レンタサイクルはずっと前に廃止となった。
 しばらく居住区を歩いていくと、左右の壁がなくなり、急に視界が開けた。環状道路を一つはさんで、一面緑のじゅうたんが広がっている。農畜区だ。カツシは広い道路を横切り、さらに先へ進んだ。
 退屈な場所だった。人々の命をつないでいるありがたい場所なのは知っている。しかし、如何せん高二の男子には刺激が足りなさすぎた。どこにいるのか区別がつかないし、静かすぎて感覚が鈍ってくる。
「ここで、いいんだよな?」
 カツシはぺらぺらに薄い携帯端末の画面を確かめた。
 待ち合わせ場所は、自宅でも中央広場でもなく、座標の数字だけが頼りの、だだっ広い田んぼの真ん中だった。
「ちょっと早かったな」
 カツシは端末を尻ポケットにしまった。
 たぶん五分くらい待った。なんだか落ち着かなくなってきた。何かしていないと不安だ。かといって今、誰かとメールを交わしたり、ゲームしたりするのも、ちょっと違う気がする。
 しかたないので、遠くを見つめた。農畜区のずっと先に、灰色の連なりが霞んで見える。工業区だ。ここからは見えないが、その先はKY区域で、さらに先には世界の『横』の果てがあるのだという。KY区域に入ろうと試みて帰ってきた者は一人もいない。そこは、この世とあの世の裂け目であるとか、有毒ガスが充満しているとか、奈落の底へつながる吹き抜けであるとか、さまざまな都市伝説がネット界で蔓延していた。今では近づこうとする者すらいない。
 KYとは何か。危険で憂鬱? 空気が淀んでいる? 正しく説明できる者はおらず、世界の果てというのも、噂が作りだした想像上の境界だった。
 この世界の地名や施設名の多くは有史以前のものである。歴史のデータベースを見ると、有史の一年目は平凡なことしか書かれておらず、それ以前は空白となっていた。
 カツシはふと疑問に思った。
 世界の果ては余白が広がってるだけだっていうけど、それって何でできてるんだ?
「ぐあっ!」
 脳天が割れたかと思った。こうなるとわかってはいても、近頃はなかなか止められない。
 チリン! 
 自転車のベルが鳴った。
 カツシは両手で頭をおさえつつ、ふり返った。
 長い黒髪がそよ風になびいた。白い肌。薄い唇。画面で見る姿と同じはずだが、何かが違う。
「お、おう」
 そんな言葉しか出てこなかった。
 チリン! チリン!
 板橋ミナトは不愉快そうに瞳を細めてベルを鳴らす。
「バカなのはわかってるさ」
 チリン!
 ミナトは微笑んだ。
 黒のブラウスに黒のスカート、ソックスから靴まで黒。カツシは思わず口にした。
「まるで喪服だな」
「……」
 黒めのうのような瞳がにゅっと正面を見た。
 しまった。またやってしまったか?
 どうやって取り繕おうかあたふたしていると、ミナトは自転車を降りた。
「いつでもお葬式できるから便利でしょ?」
「……」
 それはまだ生きてる奴のすることだろうが……カツシはツッコみたかったが、ぐっとこらえた。
「それで、聞きたいことって?」
 カツシは、二百メートル上のソラ色の天井をちらと仰ぎ、言った。
「もう一度聞くけど、なんで死にたいの?」
「なんとなく」
「それじゃ理由になってない」
「理由がなくちゃダメなの?」
「あーもう……」
 いつもと同じ問答はもうたくさんだった。どうすれば生きたくなるのか、理想を聞いても無駄なのもわかっている。この人には『好み』というものがないのだ。当然、恋愛経験もゼロ。誰かのゴシップ話もゼロ。トラウマになるような事件を探したが、それもなかった。親に対する愚痴はなく、誰かが嫌いということもない。
 ふとカツシは、ミナトの服を見つめた。思い当たることが一つ浮かんだ。
「黒、好きなの?」
「どうして?」
「服」
「ああ。気がつくと、こういう感じになってる」
 さっき言ったことと違っている。自分の葬式のために選んだというより、普段の心理状態を表しているだけのような気がした。
「うーん、じゃあ……」
 カツシは緑の田んぼを見つめた。また一つひらめいた。
「ここで待ち合わせたのは、なぜ?」
「なんとなく」
「それ、NGワードにしよう」
「だってほんとに……」ミナトは言いかけて、ふっと横を向いた。「誰もいないから……かも」
「そっか……」
 壁にぶち当たった。彼女にロマンチックなシチュエーションという発想はない。とすれば、人が苦手なのだろう。この世界で人のいない場所といえば、本当に少ない。ましてや暮らすとなると、農畜委員になるしかない。あれはあれで、計画だの加工だのと人との関わりがある。ミナトには居場所がないのかもしれない。
「聞きたいことって、それだけ?」
「世界の外側ってさ、本当にただの空白だと思う?」
「なによ、いきなり」
「いいから」
 チリ……。
 ミナトは自転車のベルを鳴らそうとして、手を止めた。
「それが常識でしょ?」
「空気とか光もないのかな?」
「どうでもいい」
「ごちゃごちゃした世界の中で十七歳で人生を終えるのと、何もないところであと何年か生きてみるのと、どっちがいいと思う?」
「……」
 痩せた少女は、スベった芸人を見るような目で少年を見た。
 ズキズキする頭をさすりながら、カツシはつづけた。
「本当に何もないのかどうか、確かめてみない?」
「クッ……」
 ミナトは額をおさえて、その場にうずくまった。
 謝る気はなかった。
「どうせ死ぬならさ、知ってからでも遅くないと思うんだ」
「……」
 ミナトは立ち上がると、ストッパーをはずして自転車にまたがり、黙ったまま居住区のほうへ走っていってしまった。


 4


「うあああああ!」
 カツシは、がばと身を起こした。
 Tシャツがぐっしょりだ。シーツまで濡れている。
 悲惨な姿だった。間に合わなかった。また同じ夢だ。思い出したくもない。
 あれからミナトと連絡が取れない。TV通話にコールしても、仮想世界につないでも、ステータスは常にオフラインだった。
 まさかの三文字がよぎってから、はや一週間。オンライン授業にもゲームにも、まったく身が入らない。のどに何かつまったような感じがして、食事もままならず、立ち上がると目眩がした。ベッドに横になって、白い壁を見つめているだけで、時間ばかりが過ぎていった。一日はとてつもなく長く、一週間はあっという間だった。
 空調は完璧なはずなのに、なぜか息苦しかった。部屋にいたくない。成分は〇・一パーセントしか違わないはずだが、それでも外へ行きたくなった。
作品名:A Groundless Sense(1) 作家名:あずまや