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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep1.病院と兄妹

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「へえー……で、妹さんは?」
 紅也は看護人用の丸いすに腰掛け、器用にも足を折り曲げ、椅子の上で体育座りをしていた。生きてたよ、と俺は答える。
「そりゃ良かった。ま、今生きてる以上当たり前だけれど」
 ふふ、と笑って、紅也は言う。俺はベッドに横たわったまま、紅也に顔を向けて話を続ける。
 ――妹は、バスルームにいた。制服を真っ赤に染めて、両親の死体と一緒に、シャワーから流れ続けるお湯の湯気の中に。放心したように、手には包丁を持って。
「お兄ちゃん――」
 そう呟いて、妹は、気を失った。
 それから二年間、ずっと意識は戻らない――。
「へええ……。だから、『眠り姫』なんだね」
――あ?
「君の、イメージさ。妹さんに対する、イメージ」
――何だ、それ。イメージ?
「ううん、自覚症状ないのか。ま、どうでもいいよ」
――…………。
「そっかそっか。そういう経緯があったんだ。二年前、……というと、君が高校一年生、妹さんは中二かな?」
 どうして妹の年齢まで分かるのか、という疑問は、紅也が悪魔だから、という事実によってかき消される。
――正確には、俺が中三の時の冬だ。……ん。
「ん? どうかした?」
 紅也は少し首を傾げて、少女のように微笑む。見た人間皆、目眩を起こしそうになるであろう微笑み。でも、『病気』の俺には通用しない。
――どうしてお前、妹と俺の歳の違いについては分かったくせに、今の事件については知らなかったんだ?
 俺の問いに、紅也は一瞬目を見開き、「ああ、」と納得したように肯いた。
「君の心の中って、覗きづらいんだよ」
――……覗きづらい?
「僕はね、人の心を読む。心の中に刻まれた、記憶、経験、思考、etc.……なんでもね。でも、僕に心を開かない人間の心は、読めない」
――俺が、そうだと?
「そう。君なら分かると思うけど――」
 一旦言葉を切って。紅也はまた、あの見下すような目つきで。俺を見下ろす。
「他人に興味を持てない人間は、他人に対して心を開かない」
――…………。
「決して、ね」
 低い声で付け足して、紅也はにいっと笑う。悪魔の笑い。純然にして高潔な、どこまでも邪悪で、――美しい。
 背筋が寒くなったが、どうしてなのかは分からない。
 こいつが悪魔だからか、それとも。
 こいつが、こいつだからか。
「だから、妹さんについては君の中のイメージと、表面的な情報についてしか、覗けなかった」
 そういうわけさ、と紅也は薄く笑う。
 そういうわけか、と俺は苦笑いする。
「まあともかく、教えてくれて有難う。本当は、教えるの、嫌だったんでしょう」
 あまり有難がっていない、尊大な口調で、悪魔は赤い瞳で言う。
「お礼、本当にいらないの?」
――…………。
 悪魔からのお礼、なんてろくなものではないに決まっている。こいつのことだから『お礼の対価』として何かよこせなどと言ってくるかもしれない。
 などと考えていると、紅也が椅子ごと近寄ってきた。そして。
 俺の額に、口づけをした。
――…………。
「まあまあ、そう睨まないで。これは、僕からのお礼」
――…………?
 急にうとうとと眠気が差してきて、俺は目を閉じた。
「君が今一番見たい夢を見られるよ。お休み、良い夢を」
――……紅也……?
 紅也の顔はすぐにぼやけて。
 俺は、眠りに落ちた。