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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep1.病院と兄妹

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 カーテンを閉めてから、僕はリュックサックに手をつっこんで、iPodを出した。本体にぐるぐると無造作に巻いたイヤホンを、ねじれには構わず、耳にはめる。隣の、カーテンで仕切られたわずかばかりのプライバシーを、侵したくはなかった。あの美少女と高校生の男の子が、どんな会話を交わすかなんて、僕には何の関係もない。――まあ、興味はあるけどさ。
 音量を最大にして、とりとめもないことを考える。
 雪花のこと、祖母のこと、学校のこと、etc.
 入院生活というのは退屈だ。本を読むか音楽を聴くか、寝ているかしかない。テレビという選択肢もあるにはあるが、一ヶ月あまりの入院中、そんなことにお金をかける気はない。何と言っても、退院後の雪花との暮らしのために、削れるモノは削っておかなくてはいけないのだ。ただでさえ、僕の入院費で切羽詰っているのだから。
『辛かったらいつでも来なさいよ。事実一人では大変でしょう?』
 祖母の言葉。
 祖母は祖父と死に別れて、今は一人暮らしだ。三人なら丁度良い、といってくれたのだが僕はその申し出を断った。……いや、保留した、というべきか。できるところまでは、二人でやっていきたかった。やるべきだと思った。
 僕は、兄だから。
 雪花の、たった一人の、兄だから。
 だから、二人で生きていくことを、決めた。
 曲が終わった。次に流れる曲は、まだ両親が生きていた頃の思い出を蘇らせる。――嫌だ。思い出すのは、辛く、悲しい。
 自然と、一年前のことを、思い出していた。
 一年前。
 僕は学校から帰ってきて、家のドアを開けた。
『ただい』
 ま、という言葉は、意味不明の呟きと化す。
『…………?』
 玄関口に、雪花が座り込んでいて。
 僕を、涙で一杯になった、空ろな、何も見ていない瞳で見上げていた。そして、その後ろには。
 点々と。
 血の跡が。
『何が……』
 靴を脱ぐのも忘れて、僕はその血の跡に、手繰り寄せられるように近づいていった。
 ふらふら、ふらふら。
 血の跡をたどる僕は、頭の片隅で、それを引きとめようとする声を聞いた。
 ヤメロ。
 と。
 それ以上近づくのは、多分――。
 ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。
 でも、足は止まらない。そうだ、きっとこの血は――……。
 ヤメロ、ヤメロ。
 辛い思いをしたくないのなら。
 ヤメロ。
 でも、僕は――
 ヤメ
『あ……』
 浴室の戸を開けて、僕はそこに立ち尽くした。
『あ……ああ』
 そこにあったものを見て、僕は。
『あああああ……』
 声も出せずに。そこに仲良く並べられた二つの死体を見つめ続けて。
『ああああああああっ』
 目を瞑ることもせず。
 流れ続けるシャワーにも構わず。
 後ろで泣き続ける雪花のことを、思い出しもせず。
 両親の死体を、見つめ続けて。
『あ…………はは』
 涙なのかただの水なのか。それとも、シャワーの水滴なのか。
 よく分からないものが、自分の顔を濡らしているのを、感じていた。

「うわ、雨だ」
 カーテンの向こう側からの声が、僕を我に返した。……雨。
「あーあ……僕、傘持ってきてないんだよねえ。……困ったなあ」
 先ほどの少女のものだろうか、この言葉は。
 …………って、え。
 今、『僕』って。
 ……あはは、ま、まさか。あんな可愛い男が居るわけない。うん、まったくそのとーり……。今のは聞き間違いということにしよう。
 僕は気を取り直してカーテンを開ける。
「あのー……僕の傘、折りたたみでよければ貸しますよ。今度来たとき返してもらえれば良いので」
「えっ……? 良いんですか?」
 少女はぱっと顔を輝かせる。……うう、眩しい。
「いやあ、持つべき者は友達の隣人」
 有難う御座います、と少女は微笑んで、僕が渡した傘を受け取った。
「いえいえ、入院していたら、使うこともないですから……」
 ああ、今僕の顔は耳まで真っ赤になって居るに違いない。何せ、こんな美少女だ。……可愛すぎる……。
「コトミ君って、優しいですね。更衣君が何かと迷惑かけるかと思いますが、仲良くしてやってください」
「は……はあ……」
 まるで母親のような言い方に、思わずたじたじとなる。
――あ、アラタ君。こいつの言ってることは聞かなくて良いから。
 隣人、更衣雨夜さんは、ぶっきらぼうにそう言う。
「はあ……」
「まったく、愛想ってものを、欠片ほども持っていないんだからね、更衣君は。コトミ君を見習うべきだと思うな」
――うるさい、この猫かぶりめが。
「……手厳しいな。……じゃあ、そろそろ僕は行くよ。傘、どうもありがとう御座います、コトミ君」
 それじゃまた、と少女は病室を出て行ってしまった。はあ、とため息をついて病室のドアを見つめる僕に、更衣さんは言う。
――うるさいのが居なくなって、ほっとするな。
「え……、あ、えーと」
 言葉に詰まる僕に、更衣さんはくははと笑った。
――君、素直でいいやつだな。何だ、あの悪魔に惚れたか?
「っ……いや、あの」
 ……ってか、アクマ? ……ああ、小悪魔、みたいな意味かなあ。
 気にしないでくれ、と更衣さんは言う。
――男が男に惚れるわけないしな。
「…………」
 え。
 今、なんと。
 仰いましたか。
「ええっと。あのぉ……」
――うん、だから、ほんの冗談だ。怒らないでくれよ。
 悪びれた様子もなく、微笑む更衣さん……。
「あの……ってことはですね? さっきの方は――」
――え? だから、あいつは……って、何、もしかして君……。
「…………」
――…………。
「…………」
――…………。
 長い沈黙。
「…………」
――ま、まあ何だ。あんなナリしてりゃ、間違えても当然だよ、な。だからそう、落ち込むことはないさ。
「…………」
――おーい、アラタ君? 大丈夫か?
「男、……ですか」
――うん、正真正銘。
 肯く更衣さん。……ああ、何てことだろう。
「あんなに可愛いのにですか?」
――うん。そう。君、やっぱりあの悪魔に惚れ……。
「そんな……。嘘だ……。あんな長い黒髪で、男なはずが……」
 ショックをうけ、打ちひしがれる僕には、更衣さんの言葉は届かない。
――……あー、あいつ、本当悪魔だなあ。こんないい少年に、……罪作りなやつ。
「そんな……」
――可哀想にな、アラタ少年……。
 相変わらず無表情な目で、更衣さんは小さく呟いた。