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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep1.病院と兄妹

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 階段を駆け上がって。
 俺は、手近な部屋を覗く。……誰もいない。
 次の部屋、いない。その次も、いない。
 そしてどこにも、死体はない――。
 ぴちゃん。
 水音が聞こえて、俺はほとんど反射的に、音が聞こえた方向へ走る。……浴室。
――誰かいるのか?
 浴室の前にあったバットを手に取って、俺はそろそろと近づく。
 ぴちゃん――……ぴちゃん。
 しゃあ、とシャワーの音もする。
――誰か……
 『がちゃ』、と。ドアを、浴室のドアを、開ける。
――いるの――……
 浴室には。
――か……
 そこには。
 制服を血で真っ赤に染めた妹がいて。床には両親の死体があって。血は、シャワーの水で洗い流されている真っ最中で。赤っぽい水が、妹の、靴下を濡らしていて。妹は、黒々とした大きな瞳を中空に向けて、口を半分開けていて、つややかな唇は水滴を滴らせていて。全身びしょぬれで、まるで。
 惨劇の場に居合わせた、一人の女神のようだった。
 でも、女神の手には、一振りの。
 包丁が。
 この惨劇を作り出した、包丁が……妹の、手の中に握られていて。
 俺は。
 俺は、それ以上その空間に足を踏み入ることは出来なくて。
 ただただ目を見開いて、その、芸術作品とも言うべき、停滞した、どこまでも停止して動かない、揺るぎがたい『事実』に見入って、……立ち尽くしていた。危うい均衡、ぎりぎりの一線を、俺は越えたくなかったのだ。
 しかし、そのまがい物の永遠は、やはり長続きしなかった。
 妹は、どこも見ていない瞳で俺を捉えて、そして言った。
「……お兄……、ちゃん」
 そして、動けずにいる俺の目の前で、ゆっくりと崩折れた。からん、と、包丁は乾いた音を立てて床に落ちた。
 俺はようやく身じろぎをして、倒れた妹を見た。落ちた包丁を見た。切り刻まれた両親の死体を見た。
――ええっと…………。
 呟く声は、シャワーの音とともに床に散らばり、響きもしなかった。
――こういう時、どこに連絡すれば良いんだっけ……?
 110番? 119番?
 警察を呼ぶべきなのか、救急車を呼ぶべきなのか。一瞬迷ったが、浴室を見て、決めた。
 110番だ。

 かくして警察は、30分かかって家に到着した。浴室に入った警察官が見たモノは、倒れた妹にすがり付いて離れようとしない、半狂乱になった、俺の姿だったという。

 あからさまに殺人現場で。
 助かる見込みのある人間は一人もいなくて。
 それどころか、皆死んでる気配がする。
 そんな状況では、迷わず、110番にかけましょう。